異界邸宅 第8話
調査を終えたレンヤと藍歌の2人は、ダイニングルームで食事をとることにした。
キッチンでは食材や調理器具を確認しながら、レンヤが料理の準備を始めている。
その様子を、ダイニングチェアに座った藍歌が興味深そうに眺めていた。
「ふふふ。殿方に2人きりで料理を振る舞われるなんて、初めての経験です。ドキドキしてしまいますね」
「過度な期待はやめてくれよ。簡単なものしか作れないからな」
レンヤは無難にパスタを作ることに決めた。
調理を開始したレンヤだったが、途中から藍歌がそばに寄ってきて見学を始めたため、非常にやりづらかった。
食事を終えた後、レンヤと藍歌は順番に入浴し、各々の個室で休むために別れた。
レンヤは自分の部屋に戻ると、念の為に監視機器の類がないか、もう一度チェックをしてみる。
その際、クローゼットから自分が今着ている服装と、まったく同じ衣服一式を発見した。しかも1セットだけではなく、少なくとも10セット以上はある。
いったい誰が、どうやって、いつの間に。
ここまでくると、不気味を通り越して笑うしかなくなってしまう。
結局、考えても仕方がないと判断し、レンヤはベッドに腰掛けた。
「……Cはなぜ死んだんだ?」
レンヤの耳には、Cの悲痛な叫びが今もまだ残っていた。
――――「助けて! 死にたくない!」
何かに襲われたのか?
それともルールを破ったせいで罰を受けたのか?
考えれば考えるほど、答えが見えなくなる。
レンヤは軽く息を吐き、ベッドに横たわった。
天井を見つめながら、今日の出来事を振り返る。
藍歌を召喚したことは正解だったと言っていい。
ただし、それはあくまで『レンヤにとっては』だ。
藍歌から見た場合、レンヤはこの監獄に自分を連れてきた悪党ではないだろうか?
たとえ――――
「彼女が原作で死ぬとしても、か」
群青灘 藍歌は原作序盤で死ぬ。
利用していたはずの人物に裏切られ、あっけなく物語から退場する。
彼女を召喚した理由の一つがそれだ。
どのみち死ぬ人物ならば、罪悪感も薄れる。小心者の考え方だ。
だが小心者なりに、果たすべき責任があるとレンヤは考えていた。
連れてきたなら、生きて帰さなければ。
今日一日だけでも、彼女の思考の鋭さには助けられた。
その恩義を無視できるほど、レンヤの神経は図太くなかった。
明日はどう動くべきか。
他の適性者との連携を強化すべきか、それとも新たな召喚に踏み切るか。
考えながらも、少しずつ意識が薄れていく。
――――今日は本当に疲れた。
静かな夜に沈むように、レンヤはゆっくりと眠りについた。
◇◇◇
《群青灘 藍歌の個室》
藍歌は自分の個室に入ると、軽く室内を見回す。
その後、備え付けの椅子に腰を下ろした。
この家は異常だ。レンヤには実験と言ったが、この家のあり様は『試練』に近いのではないかと藍歌は思い始めていた。
適性者たちは執行部に試されている。
それは知略か、理性か、勇気か、それとも別の何かか。
「ふふ……」
藍歌はレンヤのことを、かなり高く評価していた。
相変わらず心の中には、レンヤに対する嫌悪感が燻り続けていたが、これも『執行部から植え付けられた感情』として切り離して考えれば問題はない。
「それに意外と可愛らしい方ですものね、レンヤさん」
彼はこの状況に、どこまで適応しようとするのか。それとも最後まで我を貫くのか、あるいは狂気に飲まれるのか。
彼の行く末を見極めることが、藍歌は楽しくなってきていた。
「……さて、私はどう動くべきでしょうか?」
そのことを決めるのも、あるいはレンヤ自身かもしれない。
それもまた楽しそうだと、藍歌は目を細めた。
それぞれの思惑が交差する夜。
異質な家の、異常な2日目が始まろうとしていた。
【異界豆知識】
異世界召喚装置によって召喚するキャラクターは『生前のどこかのタイミング』から召喚されます。
原作で死亡するキャラクターであっても、死後に召喚されるわけではありません。(多くの場合『死亡する少し前』のタイミングから召喚されるケースがほとんどです)