異界邸宅 第6話
「さて、どうします。レンヤさん?」
確認とも挑発とも取れる藍歌の言葉。
だが、ここまで条件が揃っているのなら、次にやるべきことは決まっていた。
レンヤが受話器に手をかけようとした、その時――――
――――リン、リン、リン、リン。
突如、目の前の電話から呼び出し音が鳴り響いた。
レンヤは思わず、藍歌と顔を見合わせる。
彼女も驚いている様子だったが、レンヤに向けて小さく頷いた。
レンヤは一瞬だけ躊躇しつつも、受話器へと手を伸ばす。
電話が鳴ったタイミングは、あまりにも出来すぎだった。
しかしこの電話の先には、何か重要な手がかりが待っているかもしれない。
意を決して、レンヤは受話器を手に取った。
「……もしもし」
すると受話器の向こうから男の悲鳴が聞こえた。
「助けて! 死にたくない! くそっ、なんでだよ! 俺はル――――」
――――ガガガッ、ドゴォォォン!!
その瞬間、通信は途絶えた。
「……っ!?」
レンヤは無意識に息を呑んだ。
轟音の余韻が、耳の奥でまだ響いている。
「今の男……他の適性者か?」
依然として固く受話器を握ったままの手に汗が滲む。
レンヤはそのまま少しの間、動けずにいた。
「やはりこの電話を使えば、他の適性者と連絡が取れるようですね」
藍歌は冷静に分析していた。
今の男の悲鳴は、彼女にも聞こえていただろう。
だというのに表面上、彼女には欠片も動揺した様子は見られない。
人によっては冷血とも思える態度だったが、レンヤはむしろ頼もしく感じた。
レンヤは受話器を電話機に戻し、藍歌に尋ねる。
「さっきの男は死んだと思うか?」
「かなり高い確率で死んだと思いますよ? 召喚したキャラクターに殺されたのか、何らかの敗北条件を踏んでしまったのかは分かりませんが」
藍歌は淡々とした口調で言った。
「重要なのは、先程の男のように『助けて』と叫ぶほどの事態が、この家では起こり得るということです」
「……となると、急いだほうがいいかもな」
「ええ。他の適性者と連絡を取り、状況を確認してみましょう」
レンヤは再びメモ帳を手に取り、記載されている番号をじっと見つめた。
適性者A 1111
適性者B 2222
適性者C 3333
適性者E 5555
4つの番号が書かれている。
先程の男がどれに該当するかは不明だが、この番号を使えば他の適性者と話をすることができるはずだ。
「さて、まずは誰にかけてみますか?」
藍歌の瞳がレンヤを見つめる。
レンヤは迷うことなく受話器を手に取り、ダイヤルを回した。
◇◇◇
《1人目 適性者A》
レンヤはAの番号「1111」へと電話をかけた。
――――プルルルル……ガチャ。
「……誰だ?」
低く重厚な男の声だ。こちらを警戒しているのだろう。
レンヤは慎重に話を進めた。
「俺は……適性者Dだ。電話の横にメモ帳があれば確認してみてくれ。俺は執行部という存在によって、妙な家に閉じ込められている。そっちも同じ状況か?」
レンヤが尋ねると、受話器の向こうでガサガサと紙をめくる音が聞こえた。
レンヤは焦らず、電話口の男の応答を待った。
「……なるほど、俺のことはAと呼んでくれ。実はさっき目を覚ましたばかりでな。正直、まだ混乱していたところだ。この電話の存在にも、今気がついた」
Aは落ち着いた口調で話した。
多少はレンヤのことを信用する気になったらしい。
「状況を確認したい。何か気づいたことや、おかしいと思ったことはないか?」
「いや、俺は一先ずこの家を把握しようと、色々調べている最中だった。おかしいというなら、この状況そのものだよ」
「そうか……」
レンヤにとって新しい情報は無かったが、Aは冷静に話ができる人物のようだ。
そのことが分かっただけでも収穫だった。
「分かった。俺は他の適性者にも連絡を取ってみるつもりだ。何かあったらDの電話番号に連絡をくれ。それと、召喚はくれぐれも慎重に行った方が良い」
「了解した。今後も連絡を取れるようにしておく。すまんな、D。お前のような存在がいてくれて少し安心できた」
「ああ、またな」
――――Aとの会話、終了。
「Aはなかなか話の分かる人物のようですね」
Aとのやり取りを黙って聞いていた藍歌が感想をこぼす。
「ああ、まともな人物で助かったよ」
藍歌の言葉に同意したレンヤは次の適性者と話をするため、再度ダイヤルを回した。