友達教室 第19話
マサト、誠純、向日葵、サラマンディア、武神の5人はしっかりと手を繋いだまま、昇降口の扉の前に立っていた。
周囲の履き替えスペースは、向日葵の爆破によって残骸が散らばる無惨な状態だ。
それに対して、傷も汚れも付いていない扉の異質さが際立っている。
金属製の枠に厚いガラスをはめ込んだ扉の向こう側は、相変わらず濃い霧によって閉ざされていた。
外の状態が把握できないことは大きな不安だが、今のマサトは1人ではない。
とんでもなく頼りになる『4人の友達』が一緒なのだ。
「……よし、行くぞ」
マサトは手を繋いだまま、ゆっくりと昇降口の扉を押す。
――――ガチャ。
爆撃を受けてもビクともしなかった扉が、いとも簡単に動いた。
「や、やった! 開いたよ!」
「まさか本当に、手を繋いだだけで出られるなんて……」
向日葵と誠純が驚きの声を上げる。
『手を繋ぐ』という『仲良し』の象徴となる行為が、この学校を脱出するための最後の鍵として機能したのだ。
「さっすがマサト! この辛気臭い場所から出たら、すぐに式を挙げるからね!」
「わ、分かった分かった。だが、最後まで油断するなよ? 武神もいいな?」
「愚問」
マサトと手を繋いでいる武神は、すでに霧の向こう……未知なる領域に意識を集中していた。
(しかし冷静に考えると、ものすごい状態だな。俺、あの武神とサラマンディアに挟まれて手を繋いでるのか……)
自らの奇想天外な人生に苦笑しつつ、マサトは改めて4人の友達に声をかける。
「扉は開いた。ここから先は、何が待っているか分からない。頼りにしてるぞ、お前たち」
「ええ。任せてください。マサトさん」
「もっちろん! どんな敵が来たって、私が吹っ飛ばしちゃうから!」
「愛するダンナの頼みなら、しっかり応えてあげないとね!」
「――――ふん」
目の前は深く、白く閉ざされた霧の世界。
しかしマサトの心には、もはや何の迷いもない。
5人はしっかりと手を繋ぎ、隣に『友』の存在を感じたまま⋯⋯。
――――扉の向こうへ、一歩を踏み出した。
◇◇◇
学校の外へ脱出した5人が辿り着いた場所。
そこは無数のモニターが不規則に並ぶ異様な空間だった。
「は? 何だここは?」
「うそ!? やっと学校の外に出たと思ったのに、また閉じ込められちゃったの!?」
昇降口の扉から一歩踏み出したと思った次の瞬間、5人は手を繋いだまま、この不思議な部屋に入り込んでいた。
薄暗い照明の中、モニターの光が怪しく明滅している。乱雑に配置されたモニターは、正確な数を把握するのも難しい。
マサトはふと近くにある画面を覗き込み、驚きで顔を歪めた。
「おいおい、こいつは……」
「あは! 何か楽しそうなことになってんじゃん!」
そこにはおぞましい光景が映し出されていた。
――――荒れ果てた校舎、舞う血しぶき、死体を踏みつけて進む生体兵器。
マサトたちが先ほどまでいた学校と同じような場所で、殺し合いが行われている。それはこの部屋を埋め尽くす、無数の画面の中で繰り広げられている光景だった。
多種多様な武器を振るって戦う、アニメやゲームのキャラクターたち。
泣きながら足を引きずる少女、血まみれで壁に寄りかかる成人男性。
そして、無慈悲に熱線を放つ生体兵器。
校舎内という限定された空間で入り乱れる、圧倒的な暴力の嵐。この中には、マサトと同じ『適性者』と呼ばれる存在もいるのだろうか?
とあるキャラクターに殴り飛ばされ、首から上が吹き飛んだ男性を目にしてしまったマサトは、思わず顔を背けた。
「これが【破滅的憎悪】……そして『統合』の行き着く果てか……」
彼らは、あの学校で起こる『問題』の解決に失敗したのだろう。
一歩間違えれば、マサトたちの学校も同じ道をたどっていた可能性は十分にあった。
―――――パチパチパチパチ。
不意に聞こえた拍手の音。5人は一斉に、音のする方向へ視線を向ける。
「ようこそ、マサトさん。脱出成功、おめでとうございます」
そこにいたのは漆黒のスーツを着た黒髪の若い女性。彼女は暗闇から浮き出るように、5人の前に姿を現した。
「……アンタが『執行部』ってやつか? このバカげたゲームを主催した」
「ええ。私たちはこのゲームを監督し、見守る立場にあります」
女はあっさりと肯定する。彼女の返答を聞いた瞬間、サラマンディアと誠純から殺気が溢れ出した。
「ほーん、なら丁度いいじゃん。この女にはイロイロ聞かないとねぇ? 拷問してでもさ」
「そうですね。洗いざらい吐いてもらいましょう」
「待て」
執行部の女を拘束しようとした2人を、武神が手を出して制止する。
「この女、人ではない」
「なに?」
武神の言葉を受けて、マサトは再び黒スーツの女を観察する。
年齢はおそらく20代前半。美人と言って差し支えない整った容姿。そして長い黒髪。
こんな異質な空間にいることを除けば、マサトの目には普通の人間にしか見えない。
(だがこの女、誠純やサラマンディアの殺気を正面から受けておきながら、気にも留めてない。人かどうかはともかく、只者じゃないのは間違いないな)
マサトは女に対する警戒心を一段階上げ、視線を送って誠純とサラマンディアを下がらせた。
「それで、その執行部が俺たちに何の用だ?『脱出成功』と言っていたみたいだが?」
「おっしゃる通り、あなたはあの学校を見事に突破しました。『世界が納得する答え』に辿り着いたのです」
「世界が納得する答え?」
「はい。あの異界は、ただの監獄ではありません。無数の選択肢があり、無数の脱出方法が存在する。ですが、ほとんどの者はここに辿り着くことはないのです。世界が納得しない限りは」
「……」
あの学校がただのゲームや実験でないことは、マサトも薄々感じていた。
だが『世界が納得する』という表現は、まるで世界に『意思』があるかのような言い草だ。
それとも執行部は自分たちのことを、世界と言い換えているのに過ぎないのだろうか?
「さて、マサトさん。これからあなたに最後の選択肢を与えます」
執行部の女は、ゆっくりと手を広げる。
「あなたのもとに召喚されたキャラクターたちを生贄に捧げれば、あなたは『永遠の命』を得ることが出来ます」
「は?」
まったく予想もしていなかった言葉に、マサトは唖然として女を見つめる。彼女はそんなマサトの様子にクスリと微笑み、説明を続けた。
「あなたが『友達』となったキャラクターたちは、原作キャラをコピーした『複製体』に過ぎません。彼らはこのゲームのために用意された、備品の1つでしかないのです。用済みとなれば、廃棄する決まりになっています」
「な……! なんなのそれ!? キャラクターとか、廃棄とか、訳わかんないよ!!」
「向日葵さん、落ち着いて……」
突然の真実にショックを受けている向日葵を、誠純がなだめる。
マサトの隣りにいるサラマンディアは執行部の女を睨むだけだが、攻撃的な彼女が一言も声を発さずに佇んでいる事実こそが、怒りの深さを物語っていた。
そんな非難や怒りの感情を一身に浴びながらも、執行部の女は何事もないかのように淡々と話を続ける。
「彼らを生贄に捧げれば、あなたは死をも超越した存在になれます。いわゆる不老不死。あなたは人類永年の悲願に、手が届く位置にいるのです。それとも彼らを引き取って『楽園都市』でともに暮らしますか?」
「楽園都市?」
「簡単に言えば、あなたのように『異界を突破した者たち』が住む特別な都市です。そこでなら複製体と共存することも可能となります」
「そうか、なら俺は楽園都市とやらに行くとするよ」
あっさりと答えを決めたマサトに、執行部の女は初めて表情を崩した。
大きく口を開けキョトンとした、驚きの表情。
マサトがいとも簡単に『永遠』を捨ててしまったことが、よほど以外だったらしい。
「……あのー、私の話、ちゃんと聞いてましたか? 永遠の命ですよ? 不老不死ですよ? 今を逃せば二度と手に入らないんですよ?」
「単純な理屈だよ。友達を犠牲にして手に入れる『永遠』なんて、クソ喰らえってだけの話だ。アンタが語る『人類の悲願』とやらには、まったく魅力を感じないね。何より――――」
マサトは会話の途中で眼鏡をかけ直し、隣りに立つサラマンディアに視線を向けた。
「これでも結婚を控えた身でね。永遠の命なんぞに、浮気するわけにはいかないな」
「マサトー!! かっこいいかっこいい! 好きーーーーっ!!」
マサトに抱きつき、有頂天になってはしゃぐサラマンディア。
その様子を呆然と見ていた執行部の女は、深い溜め息をつくと再び笑顔を浮かべて話を続けた。
「……分かりました。ならば、あなたの答えを受け入れましょう」
女はゆっくりと手を上げる。
「ようこそ、楽園都市へ」
女の後ろにある扉が開き、光が溢れ出す。
白い輝きがマサト、誠純、向日葵、サラマンディア、武神の5人を照らした。
「やれやれ、妙な場所に飛ばされたと思ったら、僕自身は『偽物』ときましたか。ま、ここまで来たなら、とことん進むしかありませんね」
「そうだよね! 私も、落ち込むのはやめた! こーなったら本物の私よりも、私らしく生きてやるんだ! みんなと一緒にね!!」
「アタシはマサトさえいれば、他はどうでもいいわ。ま、アンタたちとなら、ついでに仲良くしてあげてもいいけどね! あ、アタシたちの結婚式は、盛大に祝いなさいよ?」
「本物かどうかなど興味はない。我は我。ただひたすらに、武の道を突き進むだけよ」
「……何だか気楽だなぁ、お前たち。頼もしすぎだろ」
マサトは4人の友達とともに、楽園都市へと歩き出す。眩い光の先に待ち受けているのは本当の『楽園』か、それとも更なる『試練』か。
「――――ああ、そうそう」
歩みを進めるマサトに、執行部の女が声をかける。
「あの学校で受けた『ランク付け』の影響はもとに戻しておきます。結婚するかどうかはご自由に」
「え?」
――――ランク付けが、もとに戻る?
マサトは恐る恐る、腕にしがみつくサラマンディアを見た。
――――彼女の『好感度100【親愛】』が、もとに戻る?
サラマンディアの紅い瞳と目が合う。彼女はイタズラっぽく笑い、ますますマサトの腕に身を寄せて宣言した。
「なーに、その顔。このアタシに『あんなこと』まで言ったんだから、死んでも責任取ってもらうからね! ぜーーーーったいに逃さない」
「お、おう」
マサトはサラマンディア以外のメンバーの様子も確認してみる。
執行部の女は『ランク付けの影響はもとに戻した』と言っていたが、思ったほど誠純たちの様子に変わりはなかった。
「あなたが僕らに何かしていることは……。まぁ、気付いてはいましたけどね」
誠純が戸惑いの表情を浮かべるマサトに語りかける。その笑顔はとても穏やかで、偽りとは感じられない。
「あの異様な場所で、ともに危機を乗り越えた経験は紛れもなく『本物』ですよ。僕を迷いなく『友』と呼んでくれたあなたになら、背中を預けることに躊躇いはありません」
「誠純君の言う通り! 私たちみんな、すっかり『友達』だよね! ね、武神さん!」
「興味はない、だが……」
武神は珍しく自らマサトと視線を合わせ、口を開く。
「妻を娶るならば、家族は大事にすることだ。後悔せぬようにな」
「あ、ああ、ありがとう……。な、何か恥ずかしいな」
「あは! マサトってば、カワイイー!」
5人は足並みをそろえ、ゆっくりと扉を越えていく。
もはや彼らの間に『強制された仲の良さ』など存在しない。
異様な教室、異常な学校でともに経験した『本物』だけが、彼らの関係を繋いでいた。
楽園都市、そこがどんな場所なのかは分からない。言葉通りの『楽園』など、存在しないのかもしれない。
それでも彼らの歩みに迷いはなかった。
なぜなら……。
彼らの『友情』は、この道の先も続いていくのだから――――
――――友達教室 了――――
異界遊戯執行部『友達教室編』いかがでしたでしょうか?
こんな感じでネタが思いつく限り、いろんな異界を書いていきたいなと思っています。
今後の更新ですが、前回と同じく『おまけ』を1話投稿した後は、次章完成まで未定となります。
ちょっと時間がかかるかもしれませんが、気長にお待ちいただけたら幸いです。
ちなみにですが、好感度の影響に調子に乗ってキャラクターたちに不誠実なマネをしていたら、好感度が解除された瞬間、マサト君は大変な目にあっていたでしょう。
この異界は、最後まで油断できない異界でしたね。
◇
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ここまでお読みいただき、ありがとうございました!




