友達教室 第17話
武神はすぐに見つかった。
誰もいない体育館。その中央で、武神は坐禅を組んでいた。
この異常な空間のことなど自分には関係ない、と言わんばかりの落ち着きようだ。
戦闘時に彼が放っていた嵐のような闘気は、すでに消えている。だがその巨体からは、依然として近寄りがたい『圧』を感じた。
「……よし、とにかく話をしてみるしかないな」
光沢を放つフローリングの床を踏みしめながら、マサトたちは武神のもとに歩を進める。
4人が近づいても武神は微動だにせず、精神統一を続けたままだ。
「武神、話がある」
マサトが声をかけても、武神は黙して動かない。
何事も起きないまま、時間だけが過ぎていく。
しばらくして、武神は静かに目を開いた。
「……何用だ?」
彼の声からは【破滅的憎悪】の影響下にあった頃の殺意は感じない。だが、明らかに拒絶の色があった。
(そもそも武神は、武を極めるために人の世を捨てるほどの孤高の存在。他人との馴れ合いを好むタイプではないか……)
マサトは慎重に言葉を選びながら話を進めた。
「俺たちは今、ここから出る方法を探している。そのためにはアンタの協力が必要だ」
武神は興味なさげに目を細める。
その態度に構わず、マサトは更に説得を続けた。
「この学校から脱出するためには、俺たち全員が友達として『仲良くする』ことが鍵だと思っている。どうか力を貸してくれないか?」
「くだらぬ」
マサトの頼みを一蹴する武神の言葉。一連のやり取りを見ていたサラマンディアは、瞬時に苛立ちを爆発させた。
「おいデカブツ野郎! うちのダンナがこんなにも『お願い』してんだから、むしろ喜んで協力しやがれ! てゆーか、アンタが協力しないとアタシらもこっから出られないんだっつーの!!」
「知ったことではない」
武神はそれ以上語ることもなく、再び目を閉じ坐禅を再開した。
彼の現在の好感度は『好感度0【興味なし】』。
武神にとって、マサトは『どうでもいい』存在なのだろう。
いや、そもそも本来の武神の性格からして『武を極める』ことと『武を競い合う強敵』以外に興味を持つとも思えない。
武神の態度がよほど頭にきたのか、サラマンディアは彼に詰め寄ってギャーギャーと文句をぶつけている。そんな彼女の言動や態度をすべて黙殺し、武神は姿勢を正して瞑想にふけっていた。
「どうします、マサトさん。これはかなり手強いですよ?」
「そうだよね。サラマンディアさんに頭をペチペチ叩かれてるのに、全然反応しないもん」
誠純と向日葵も、武神の頑なな態度に打つ手なしといった様子だ。マサトは腕を組み、考えを巡らせる。
(手がないわけじゃない。まだ探索できていない『準備室』と『職員室』。ここにはもしかしたら、カード以外の『好感度を上げる手段』が存在するかもしれない。それを使えば武神の好感度を操作し、頼みを聞いてもらうことも可能だろう)
だが、問題もある。1つは『時間』の問題。学校の『統合』より前の脱出を目指しているマサトにとって、今から準備室や職員室を探索する時間的余裕があるとは思えない。
そしてもう1つは『心』の問題。今回の好感度操作は『強制されたランク付け』や『破滅を回避するための好感度カード』の時とは状況が違う。
今の武神とは対話が可能だ。ならばきちんと『言葉による説得』で協力してもらうのが筋ではないだろうか。それが人間同士が関係を築いていくうえで、守るべき礼儀だとマサトには思えた。
――――何より好感度によって人の心を操作する行為に、これ以上慣れたくはない。
マサトは武神に食ってかかるサラマンディアを下がらせると、一度だけ深呼吸をしてから口を開く。
「武神、アンタの気持ちは分かった。だが、これだけは聞かせてほしい」
武神は何の反応も示さない。
マサトは構わず言葉を続けた。
「アンタにとって、この場所は『興味がある』ものなのか?」
――――無言。
「この場所に、アンタの求める『武の頂』はあるのか?」
――――僅かに、武神の指が動いた。
「アンタはここに留まるのか? ずっと、この空虚な学校に居続けるのか? アンタが全てを捨てて歩んできた『道』の終着が、この場所で満足なのか?」
――――武神はゆっくりと目を開き、マサトを見据える。
マサトはその視線に怯まず、正面から受け止めた。
「俺は、アンタの『武の友』にはなれない。アンタと拳を交えることも、同じ道を歩むことも出来ない」
マサトの拳には自然と力が入り、その瞳には不思議な『熱』が宿る。武神を始め、この場にいる誰もがマサトの言葉に聞き入っていた。
「それでも今、俺たちは『同じ場所』にいる」
武神は何も語らない。ただ静かに、マサトの言葉に耳を傾ける。
「どれだけ異なる道を歩む者同士であっても、時には道が交わることもある。今、この瞬間、俺達が同じ場所にいることは、紛れもない事実だ」
マサトは一歩前に進み出て、武神と真正面から向き合った。
「アンタも、俺たちも、こんなしみったれた場所が終着なんかじゃない。閉ざされた扉を開いて、もう一度それぞれの道を歩きだすために。アンタの力、俺たちに貸してくれ!!」
体育館に、マサトの熱がこだまする。
武神は目を閉じ、その拳を強く握りしめた。
彼が生涯をかけて磨き上げてきた武の結晶。大きく、固く、傷だらけな、彼の『誇り』。
沈黙に満たされた体育館で、マサトは静かに武神の答えを待った。
そして――――
「――――面白いことを言う」
武神が発する重厚な声が響く。彼は再びマサトを見据えて語り始めた。
「異なる道も、時には交わる。人の世など捨てた身だが、人の理からは逃れられぬということか」
武神は自分に語りかけるように言葉を紡いでいく。そして悠然と立ち上がると、マサトを見下ろしながらはっきりと告げた。
「この場所が我が道を阻むものならば、汝らに力を貸すのもまた一興」
「……協力してくれるのか?」
マサトの問いに、武神はただ黙って頷く。
その様子を見ていたサラマンディアが、溜め息まじりに呟いた。
「やっと話が通じたわね、このデカブツ。遅いっつーの!」
「まぁまぁ。終わり良ければ全て良し、と思いましょうよ」
「誠純君の言う通りだよ! 仲間が増えたんだから、喜ばなくっちゃ!」
誠純と向日葵も、それぞれに喜びを口にする。
向日葵にいたっては、さっそく武神に自己紹介を始めていた。
マサトはそんな彼らを見て、ホッと一息つく。
(これでようやく『4人の友達』が揃った。後はどうやって『扉』を開くかだな)
――――『時間経過で友達が増えます。仲良くしてね!』
黒板に書かれていた『最初のルール』が扉を開く『鍵』であるなら、自分たちは『仲良くする』必要がある。問題は、どうすれば『仲が良い』と言えるのかだ。
『最初のルール』を使って『最後の扉』を開くために、マサトは考えを巡らせた。




