友達教室 第15話
床に散らばる壁の破片、備品の残骸。
校舎内に出来た戦場跡にサラマンディアは立っていた。
全身は煤け、衣服は破れ、額からは血が滲んでいる。息も荒く、今にも倒れそうな姿の彼女は、それでもなお闘志を失わず武神と対峙していた。
「サラマンディア!!」
「マ、サ……」
こちらを振り返ると同時に膝から崩れ落ちたサラマンディアを、マサトは駆け寄って抱き起こす。
誠純と向日葵はマサトたちを守るように前に立ち、武神と睨み合った。
武神はその様子を、ただ黙って見つめている。その後、彼はマサトを一瞥すると、不意に闘気を鎮めて踵を返した。
「――――つまらぬ」
去り際に一言だけ呟いた嵐の漢は、マサトたちに背を向けて歩き出す。
彼の姿が見えなくなると、場を支配していた重圧も霧散する。それは戦いの終焉を意味していた。
マサトは破滅の運命を退けることに成功したのだ。
「ねぇ、マサト。アタシ、すごかったでしょ? めちゃくちゃガンバったよね」
「ああ。君がいなきゃ、俺はとっくに殺されてた。ありがとう、サラマンディア。本当に……すごかったよ」
「ふふ、いいよ。愛するダンナの頼みだもん。それに誰かのために戦うってのも、これはこれで燃えたしね!」
サラマンディアはマサトの首元に腕を回し、その身を寄せて甘えてくる。
そんな彼女を、マサトは強く抱き返した。
腕の中で満足気に微笑む彼女の笑顔は、この世のどんな宝物よりも愛おしく思えた。
◇◇◇
「えーーーーっ!? 2人とも結婚するの!? おめでとー!!」
「ふっふっふ、そーよ! マサトから超熱烈なプロポーズをされたんだから。せっかくだし、アンタたちも結婚式には呼んであげるわ! 盛大に祝ってよね!」
「何がなんだか分かりませんが、取り敢えずおめでとうございます、マサトさん」
「うん、ありがとう。ところでお前たち、そろそろ現実を見ようか」
武神を鎮めたマサトたちは、学校から出るために昇降口へと向かった。しかし肝心の扉は固く閉ざされており、押しても引いてもビクともしない。
マサトは腕を組み、現状を整理した。
「……予想はしていたが、やはり簡単には外に出られないか。昇降口の扉を開けるのにも、何か条件をクリアする必要がありそうだな」
この分だと教職員用など他の『出入り口』も、昇降口と同じ結果になるだろう。
【破滅的憎悪】によるバッドエンドは回避できたが、相変わらず学校は閉ざされたままだ。
(サラマンディアや武神の攻撃を受けても、外に繋がる壁や窓は破壊できなかった。脱出するためには、何か『特別な手順』を踏む必要があるのは間違いない。それに加えて『学校統廃合』の問題もある)
閉ざされた教室からの脱出、【破滅的憎悪】の解消。これまでの試練も、一筋縄ではいかなかった。
単純な力ずくやゴリ押しだけで、外に出ることは不可能だろう。
だが今までがそうであったように、諦めなければ脱出の糸口を掴むチャンスはあるはずだ。
「よーし、今度こそ私にまかせて! こんな扉、ブッ飛ばしちゃうから!!」
「え?」
マサトが後ろを振り返ると、そこには怪人形態へと変身した向日葵が、やる気満々の表情で突撃準備していた。
全身を外骨格のようなオレンジ色の装甲に包まれ、巨大な籠手を思わせる大型化した両腕。そして一際目を引く、ハンマー付きの尻尾。
女性的なフォルムを保ちながらも、怪物的な特徴を備えた異形。爆破怪人『バクバドン』こと轟 向日葵の全力戦闘形態。
マサトが事態を認識した時、彼女はすでに扉に向かって自慢の尻尾を振り上げていた。
「ちょ――――、向日葵、ストッ――――!」
「くらえー! ドカント・ハンマーーーー!!」
「退避ーーーーっ!!」
マサトは誠純とサラマンディアを連れ、全速力でその場を離脱する。
次の瞬間、轟音とともに大爆発が起こり、下駄箱や上履き、傘立てなど昇降口に存在するあらゆるものが吹き飛んでいく。
何とか爆発から逃げ切ったマサトたちは、恐る恐る廊下の角から顔を覗かせる。
そこで目に映ったのは無惨に散らばる残骸と、傷一つない昇降口の扉だった。
「うっそー!? 結構パワー込めたのにー! だったら、全力全開で……」
「向日葵」
マサトは眼鏡をかけ直しながら、向日葵の肩をガッシリと掴んで制止した。
「え? な、なに、マサトさん。つ、次はイケるかもしれないよ?」
「座りなさい」
勢いに任せて突っ走るのは若者の特権だが、それを窘めるのも大人の役目だ。
まして向日葵が怪人パワーで『やらかし』をしたら、甚大な被害が出てしまう。
彼女の将来のためにも、マサトは心を鬼にしてお説教を開始した。
◇◇◇
「うう……、ごめんね、みんな。私もサラマンディアさんみたいに活躍しなきゃって焦っちゃった」
「ま、まぁ、マサトさん。向日葵さんも反省しているようですし、幸い怪我人もいませんでしたから……ねぇ?」
「そ、そーよマサト。アタシみたいに活躍したいだなんて、絶対いい子よ、この子」
「……そうだな。次からは能力を使う前に、俺たちに一言知らせてくれ。それだけで大分改善されるからな」
「うん、わかった。ごめんね……」
しょんぼりと肩を落とす向日葵。だがマサトは向日葵には超常の力をただ振り回すのではなく、使いこなせるようになってほしいと願っていた。
即断・即決・即実行な性格は彼女の長所でもあるが、集団行動では逆に他者の足を引っ張りかねない。
『ファントム・ガイア』を1期しか観ていないマサトは、向日葵がどんな物語を歩んだのかは分からないが、ここにいる少女には後悔するような道を進んでほしくはなかった。
「よし、それじゃ改めてこれからの話しをしよう。それと、向日葵」
「な、なに?」
「好感度カードを手に入れる時は、君の話が参考になった。頼りにしてるぞ?」
「う、うん! まかせて!」
向日葵は両手を力いっぱい握りしめ、元気よく立ち上がる。
そんな彼女の様子を見ていた誠純とサラマンディアも、安心したように笑顔を見せた。
(なんか、本当に『友達』らしくなってきたかもな……)
始まりは強制であり、心は操作されたものだったとしても。
この光景を『偽物』とは言いたくないと、マサトは思った。




