友達教室 第10話
マサトは友達アプリを起動し、新たに追加されていた『武神』の名前をタップする。すると、これまでと同様に好感度の選択肢が出現した。
『武神のランク付けを行ってください』
・好感度−100【破滅的憎悪】
(選択肢は【破滅的憎悪】のみ。まぁ、そうだよな……)
一縷の望みにかけて選択肢を確認してみたものの、好感度のランクが増えているという奇跡は起こらなかった。
こうしている間にも、5分間のタイムリミットは迫っている。やはり武神には【破滅的憎悪】を選ぶ以外に道はない。
マサトは大きく深呼吸した後、誠純、向日葵、サラマンディアに告げた。
「3人とも、よく聞いてくれ。俺が合図したら、全力でこの場から離れるんだ」
「え?」
向日葵がキョトンとした表情で呟く。
彼女の隣りに立つ誠純は、無言でマサトの話に耳を傾けている。
「アイツ……武神と真っ向から戦うのは、お前たちでも危険すぎる。ここからは自分が生き残ることを最優先で考えるんだ。いいな?」
どのみち武神は真っ先にマサトを攻撃してくるだろう。【破滅的憎悪】がマサトのみに向けられるのであれば、マサトの死後は武神が正気に戻る可能性もある。
マサトは別に『自分の身を盾にして』とか、『ここは俺に任せて先にいけ』などとカッコを付けるつもりは、本当にこれっぽっちもない。
まだ死にたくないし、痛いのは嫌だ。謝って許してもらえるなら土下座でも何でもする。
ただ、自分の事情に巻き込まれて若者たちが死ぬ光景だけは、死んでも見たくないだけだ。
マサトは静かに端末の画面へ指を置く。
選択肢は1つきり。
運命を拒むことができないなら、みっともなくても全力で足掻くしかない。
「――――走れ!!」
マサトは鋭く、強く言葉を発した。
誠純は瞬時にマサトの意図を察し、向日葵の手を引いて走り出す。
マサトも相変わらず腕に絡みついているサラマンディアを引っ張る形で駆け出した。
そして――――
マサトの指が、画面の『好感度−100【破滅的憎悪】』を選択する。
その直後だった。
地鳴りのように学校全体が震え、武神の闘気が爆発し荒れ狂う。
衝撃波によって教室の机や椅子は粉々に吹き飛び、黒板が砕け散る。
天井の照明が次々に破裂し、ガラス片が雨となって降り注いだ。
マサトは衝撃から身を守るため、咄嗟に身をかがめた。その後すぐに走り出そうとして、自身の身体に起こった異変に気がつく。
(う、嘘だろ。足が……震えて……)
――――一切動かない。
マサトは空間を満たす武神の『圧』に、完全に飲まれていた。
自分自身も気付かないうちに、心身にとてつもない負担がかかっていたのだ。
「――――汝」
武神が発する、重く沈んだ声が空気を震わせる。
彼は教室から悠然と、ゆっくりとした足取りで現れた。怒りを踏みしめるように、憎しみを溜め込むように。
マサトはドス黒い殺気を撒き散らす巨漢と目が合った瞬間、すべてを悟った。
――――自分はもう助からない。助かるわけがない。
武神が発する闘気は憎悪と混ざり合い、陽炎のように空間を歪めていた。彼がそこにいるだけで、教室の壁がメキメキと音を立てて崩れていく。
――――破滅的憎悪。
この言葉通り、目の前の巨漢は破滅そのものだ。
途方もなく巨大な力の塊を直視して、マサトは完全に放心状態になっていた。
武神は脱力したマサトを見据えて、ハッキリと宣告する。
「死すべし」
絶対的な死が迫る中、マサトの心は驚くほど静かだった。おそらく恐怖さえも、どこかに置いてきてしまったのだろう。
何を考えることもなく、涙を流す暇もなく。
武神の掌がマサトへと向けられる。
「このデカブツ野郎がぁッ!! アタシのダンナに手ぇ出すとか、灰になって詫びろコラァ!!」
「なっ!? サラマンディア!!」
灼熱が武神へと飛びかかる。
サラマンディアの指先が弾け、超高熱の暴威が巨漢に炸裂した。紅蓮の奔流が廊下を飲み込み、教室内にも流れ込む。
壁は溶け、床は焼け焦げ、机や椅子は一瞬で炭と化す。サラマンディアの灼熱によって、すべてが紅色に染め上げられていく。
「アーーーーッハッハッハ!! マジ最ッ高!! オラァ、どうしたデカブツ! ご立派なのは見た目だけかァ?」
校内は今や地獄絵図と化していた。
サラマンディアの手によって生み出された灼熱空間。常人ならば、一呼吸で肺が焼け落ちるその場所で――――
武神は不動だった。
地獄の中心、燃え盛る廊下に漢はただ立っていた。その身を包む装束にさえ、焦げ跡の1つもついていない。
武神の纏う闘気が、見えない鎧となってサラマンディアの炎を押し返している。
「あ、あれだけの灼熱を浴びて……まったくの無傷なのか?」
「――――へぇ?」
絶望的な状況にもかかわらず、サラマンディアの瞳は最高の玩具を見つけたかのように爛々と輝いていた。
「くふふふ……あっは!! アンタほんとに人間!? じゃあ、どこまでやれば壊れるのか、試してあげる!!」
「まてサラマンディア! そいつは……!!」
地獄の炎が再び解き放たれる。
灼熱はサラマンディアの周囲で渦を巻き、増幅し、激流となって武神を飲み込んでいく。
「――――温い」
膨れ上がった武神の闘気が、荒ぶる衝撃波となって炎を掻き消した。
炎獄の中にあって、その巨躯は当然のごとく無傷のままだ。
(ゲームでは限界まで強化した伝説級の武器が無いと、武神にまともなダメージを与えられなかった。サラマンディア渾身の灼熱でも、アイツには届かないのか!?)
驚愕に顔を歪めるマサトとは対象的に、サラマンディアはますます好戦的な笑みを深めた。
「ヤルじゃん、デカブツ! だったら、これならどォだ!!」
闘気によって散り散りにされたサラマンディアの炎は、それぞれが蛇のようにうねり、再び武神に殺到する。
全方位から迫る灼熱の大蛇を目にしても、武神は眉一つ動かさない。蛇の大群は武神の身体を包み込み、とぐろを巻き、やがて1つの渦巻く火球となって燃え盛る。
「小細工よ」
武神が発した言葉とともに、火球は風船のように内側から弾けて消えた。
彼が放つ闘気は攻防一体。時に鎧となって万物を通さず、時に嵐となって敵を滅する。
七罰騎でも屈指の攻撃力を持つサラマンディアの灼熱も、武神にとってはそよ風と変わらない。
「こっちこっちィ!」
武神の背後から、嘲笑混じりの女の声が響く。
彼の視界が炎に包まれていた一瞬の隙をつき、サラマンディアは武神の背後に回り込んでいた。
その刹那、サラマンディアは手の平からバーナーのように噴射した炎の剣で、武神の背中を斬りつける。
しかし鋼鉄すらも容易く溶断するサラマンディアの炎剣も、闘気によって守られた武神には何のダメージも与えられない、……かと思われた。
「――――ほう」
その一言には感嘆と称賛の感情が込められていた。
武神の不意をついた炎剣は、闘気の守りを突破して装束を切り裂き、彼の背中に僅かな焦げ跡を残していた。
それはサラマンディアの攻撃が、初めて武神に届いた証だった。
「す、すごい。炎で視界を塞ぎ、武神が闘気を解放して守りが薄くなった一瞬の隙を突いたのか。あの武神相手に、ここまでやり合えるなんて!」
ジリジリと肌を焦がすような熱を感じながら、マサトはサラマンディアの天才的な戦闘センスを称賛する。しかし、そこまでしても武神に与えられたのは小さな焦げ跡1つのみ。
(武神にまともなダメージを与えられない以上、どこかで先にサラマンディアが息切れする。その前に……)
この状況を打開しなくては。
絶対的な破滅を前にしながらも、マサトの心には再び炎が燃え盛ろうとしていた。




