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異界遊戯執行部  作者: 春雪
友達教室編
34/45

友達教室 第9話

 マサトはゆっくりとドアを開け、慎重に教室の外へ一歩を踏み出した。


 周囲を見回すと、そこにあったのはごく普通の学校の廊下だ。

 光沢のある床、並んだ教室の扉、天井の蛍光灯。

 どこまでも平凡で個性を感じない、ただの廊下。


 1つ異様な点をあげるとすれば、窓の外が相変わらず霧で閉ざされていることだろう。

 まるで世界の外側が、意図的に隠されているかのような光景だ。


 それでも閉鎖された教室から脱出できた事実は、何よりの進展だった。

 

 マサトは視線を少し上に向け、教室の上にかかっているプレートを確認する。

 そこには一文字『B』とだけ書かれていた。

 

「B? 学年は書かれていないのか?」


 マサトは他のクラスのプレートをチェックしてみるが、この教室以外のプレートは何も記載されていない真っ白な状態だった。

 マサトがプレートの不自然さについて考えようとした、その時⋯⋯。



―――――キーン、コーン、カーン、コーン。



 4回目のチャイム。マサトが『ここまでに教室から脱出できなければゲームオーバー』と定めていた、死の限界点だ。


(……ギリギリだったが、何とか間に合ったな)


 マサトは深く息を吐いて眼鏡をかけ直すと、誠純たちの方へ振り返る。


「よし、ひとまず教室からは脱出できたが、油断は禁物だぞ? この学校は普通じゃない。まだ何があるか――――」



――――カランカランカラン。



 昔どこかで聞いた覚えのある、懐かしい音が教室内から響いてくる。

 それはチョークが床に落ちた音だった。

 落ちた衝撃で半分に折れた白いチョークが、教室の床をコロコロと転がっていく。


「ね、ねぇ、みんな! 黒板!」


 向日葵が驚愕きょうがくした表情で黒板を指差す。

 マサトもつられて黒板に視線を向けた。



――――『最後の友達が増えます。仲良くしてね!』



(黒板の文字が……変わっている!?)


 黒板の文字はマサトが書き換えた文章から、更なる友達の到来を告げる文言へと変化していた。

 

(まさか……予告を書き換えたとしても『友達は必ず4人まで増える』のか!?)


 マサトの考えを裏付けるように、黒板の前に光のもやが収束し始める。

 教室内がみるみるうちに輝きで満たされていく。

 光が形作る人型、マサトにとっては4度目の光景だ。


 そして徐々に光が収まり始めた、次の瞬間――――



 空間が揺れた。



 天井がきしみ、床が震え、壁がうめいた。

 空気の厚みが何重にも増したような、暴力的で重苦しい『圧』。


 光の中から現れたおとこは、まるで嵐。

 暴風のように荒れ狂う『闘気』をまとった嵐だった。


 (嘘だろ……!? よりによってコイツが……4人目にコイツが来るのか!?)


 禿頭とくとう筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの鬼神のごとき肉体。

 その身に纏うはボロボロの黒い修験装束しゅげんしょうぞく

 そして空気を押しのけるようにしてほとばしる、凄絶せいぜつな闘気。

 

 まるで山が人の形を成したかのような巨漢。


 彼は無言のまま黒板の前に仁王立ちしていた。

 ただそれだけで照明が明滅し、空間が悲鳴を上げている。


 その男の名を、マサトは知っていた。



――――『武神ぶしん



 マサトが昔プレイしていたアクションゲーム『戦国天賦せんごくてんぶ 嵐の陣』における隠しキャラ、そして裏ボス。


『戦国天賦 嵐の陣』は戦国天賦シリーズの2作目にあたる作品だ。


 武神は本編クリア後に挑めるミッションで登場するボスキャラだが、あまりに高すぎる攻略難易度から「ただの修行、理不尽、調整不足」とプレイヤーに叩かれまくったほどのチートキャラだった。


 マサト自身も、何度コントローラーを投げつけたくなったか分からない。

 

 彼が武器とするのは己の拳のみ。


 強靭きょうじんな肉体に濃密な闘気を纏い、いかなる名刀名槍も彼の身体に傷一つつけることは出来ない。


 その拳は岩をも容易たやすく砕き、その体は銃弾をも跳ね返し、そのてのひらからは敵を空間ごと握りつぶす必殺技『極楽掌ごくらくしょう』を放つ。


 人の世を捨て、己の武をみがき上げることのみに心血を注いだ者の成れの果て。

 彼の心を満たすのは、強敵との闘争のみ。



――――故に武神。人を超えし、武のいただき。戦乱の世に吹きすさぶ嵐の漢。



「な……んなの、あれ……?」


 ひざから崩れ落ちた向日葵を誠純が支える。


 その誠純の顔にも一切の余裕はなく、冷や汗を流して漢をにらんでいた。

 サラマンディアは武神の圧倒的な闘気に驚愕するも、次の瞬間には獰猛どうもうな笑みを浮かべていた。

 

 そしてマサトのポケットの中で、端末が振動する。



『武神をランク付けしてください。5分以内にランク付けが行われない場合、あなたは死亡します』



「……」


 マサトは端末の画面を見つめながら、頭が真っ白になっていた。


 現在選べる選択肢は『好感度−100【破滅的憎悪】』のみ。

 5分以内に選択肢を選ばなければ、自分は死ぬ。

 かといって【破滅的憎悪】を選択した場合、武神に殺される未来しか見えない。


「――――詰んだか? 俺」


 逃げ場など、最初から無かったのだろうか。

 込み上げてくる絶望の中で、マサトは運命の選択を迫られていた。

 


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