異界邸宅 第3話
「さて、レンヤさん。まずは現状を整理しましょうか」
「……ああ、そうだな」
こちらを試すような、愉しむような口調で微笑む藍歌を見たレンヤは一度大きく息を吐き、改めて現状を口にする。
「まず、この家は俺たちを閉じ込める監獄のようなものだ。脱出条件は適性者……つまり俺が3人の女性キャラと肉体関係を持つこと」
藍歌は頷きながら補足するように言った。
「そして女性キャラとの関係は『好感度マイナス』からスタートする、と」
「そういうことだ」
「ではレンヤさんが自分より力の弱いキャラを召喚し、無理矢理にでも手籠めにすれば条件達成できますね」
さらりと、なんでもないことのように藍歌は言った。
レンヤはわずかに目を見開いたが、すぐに冷静になる。
彼女はただ、事実を口にしただけだ。
そのやり方も、脱出条件達成の一つの手段ではある。
「確かに、その方法なら脱出条件を達成できる。だが単純すぎると思わないか?」
「あら、てっきり倫理的にダメだとか、ふざけているのかと怒られると思っていましたが」
「そんな当たり前のことを議論する気はない。いま大事なことは、どうすればここから脱出できるかだ」
「ふふふ、おっしゃる通りですね。すみませんでした、レンヤさん。はしたない提案をしてしまいました」
藍歌はレンヤの反応を確認すると、口元を手で隠しながら微笑む。
楽しげに笑う彼女の姿が演技なのか、本心なのか、レンヤには見分けがつかなかった。
「ですがレンヤさん、あなたは重要な点を見逃しています。それとも気づいていて口に出さないだけでしょうか?」
「重要な点?」
「ええ。そもそも『出口は存在するのか?』という問題です」
藍歌の指摘を受けて、レンヤの思考が止まる。
それはこのゲームの前提を否定する言葉だった。
「いや、だが、ルールには……」
「この場合ルールは重要ではありませんよ」
レンヤを見つめる藍歌の瞳はガラス玉のように美しく、深海のように恐ろしく見えた。
彼女は淡々と言葉を続けていく。
「いいですか、レンヤさん。世の中には賢者の堕落を、子供たちの絶望を、善良な市民が苦痛の中でのたうち回る様を心の底から楽しめる人間がいるのです。この状況を用意した者が、そうでないと言い切れますか?」
レンヤは言葉に詰まった。
今の状況を用意した存在『執行部』。
この家が最初から自分を追い詰め、いたぶることを目的に用意されていたとしたら、もはや何をしても無駄ということなのだろうか?
「ふふふ。まぁ、私の考えとしては、この状況はゲームというよりも『実験』といった印象を受けますね」
「……執行部は適性者がこの状況下でどんな行動を取るのかを見ていると?」
「ええ。これを実験と仮定するなら『召喚した女性キャラと強引に肉体関係になる』という方法で脱出できたとしても……」
「誰でも思いつく、つまらないやり方では実験対象として失望されかねない、か?」
「そうなりますね」
レンヤは藍歌の言葉を聞き、静かに考え始めた。
提示されたルール。執行部の思惑。出口の存在。実験……。
「なるほど、君が言いたいことが見えてきた。『単純にルールに従うことが、出口に繋がっているとは限らない』というわけか」
「ええ。その場合、まだ執行部は脱出のためのルールをすべて語っていないか、もしくは……」
「俺たち自身がルールを見つけ出す必要がある」
レンヤの言葉を聞いて、藍歌は満足そうに頷いた。
「群青灘さん」
「何でしょう」
レンヤは真っ直ぐに藍歌に向き直って言葉を続けた。
「ありがとう。君の性根を考えると召喚するのは正直不安だったが、この状況で君を喚んで正解だった」
「まぁ。真っ向からそのように言われたのは、レンヤさんが初めてかもしれません。ご褒美に、これからは『藍歌』と呼んでいただいても構いませんよ?」
「ああ。これからもよろしく頼む、藍歌」
「……意外と素直な方なのですね」
レンヤと藍歌。2人はこの閉ざされた家の謎を解き明かすため、行動を開始した。