異界邸宅 おまけ話(A)
「この先のお話は読者の皆さんの想像にお任せしたほうがいいかも」と考えていましたが、やっぱり書きたくなってしまったので『おまけ』を1話追加します。
次章投稿は9月後半から10月始め頃に開始を予定しています。
◇
この話は時系列的に『異界邸宅』本編の後の話になります。本編を未読の方は、そちらからお読みください。
男は死にかけだった。
筒香 紫遠を皮切りに召喚したキャラクターを次々と殺し、『10人の殺害』を達成して家の扉のロックを解除した。
しかし扉から外に出た瞬間、彼が目にしたのは突然の閃光……そして爆発だった。
一瞬だけ確認できたが、その閃光を放ったモノは『機械を纏った大きなクモ』のような化け物に見えた。
金属の装甲、動力パイプ、発光するセンサー、それらを繋ぐ筋肉。
――――『生体兵器』
その異様な姿の怪物は、生物をベースに造られる架空の兵器を連想させた。
男は爆発で生じた衝撃によって家の中へと吹き飛ばされ、玄関ホールの壁に叩きつけられる。
命の危機を感じてすぐに立ち上がろうとしたが、なぜか足に力が入らない。
それもそのはず、彼の左足は膝から下が消失していた。
傷口から、おびただしい量の血が流れ出す。
「あ、がぁ⋯⋯ふ……くくく、罰が当たるにしても早すぎだろう。もう少し夢を見させてくれてもいいじゃないか」
男は乾いた笑いをこぼしながら涙を流す。
この家から出るために、10人殺した。
だが結局自分は、家から出ることもできずに死ぬ運命にあるらしい。
あまりに虚しくて、情けなくて、涙が止まらなかった。
「何を無様に泣いているんだ、貴様。私を殺したときの気概はどこにいった?」
男は声がした方向に目を向けて驚愕する。
そこにはありえない人物が立っていた。
ホストと見間違えるような貴公子然とした男装。
濃い紫色の髪を短く切り揃えた女性が、毅然と立って男を見下ろしている。
「――――筒香……紫遠。なぜ生きている? それとも俺は、いつの間にか死んで地獄に来ていたのか?」
「なんで私が地獄にいる前提なんだ。地獄には貴様1人で行け、殺人鬼め」
筒香は悪態をつきながら男に近づくと、首元から豪奢なペンダントを取り出す。
ペンダントは飾りの中央部分に大きな宝石がはめ込まれていたが、その宝石はひび割れて色褪せた状態だった。
「……筒香家の三大家宝『鳳凰涙石』か」
「フン。我が家の秘中の秘であるコレを知っているということは、貴様の与太話もあながち虚言とは言い切れないか。この私がアニメのキャラクターだの何だのと……」
『鳳凰涙石』は持ち主の死を一度だけ肩代わりしてくれるという、いわゆる『身代わりアイテム』に該当する秘宝だ。
しかし肩代わりできるのは『外傷による死』のみという制限付き。
毒殺、病死、呪殺などには効果を発揮しない。
だが一度発動すれば、持ち主を正常な状態まで回復してくれる。
「そうか……死んでいなかったんだな」
「死んだわ! ギリッギリ死んだわ! 遠慮なく頭を殴っておいて何を言ってるんだ、クソ殺人鬼!!」
筒香はブツブツと文句を言いながら、鳳凰涙石の砕けた欠片を1つ取り出す。そして欠片に向かって、小声で呪文を呟き始めた。
すると男の左足が淡く光りだし、傷口から流れていた血がピタリと止まった。
「ほとんど効力を失った鳳凰涙石でも、簡単な止血くらいはできる。痛みまでは消さんぞ、我慢しろ」
「――――なぜ、助けるんだ? 俺はお前を殺した男だぞ?」
「そのツケを払わせるために決まっているだろうが! お前はこれから一生かけて、私の下僕として馬車馬のように働け、殺人鬼! それから――――」
そこまで言いかけて、筒香は気まずそうに男から視線を外した。
「……威嚇とはいえ一般人に魔術で攻撃したのは、やりすぎたと思っている。その借りを返しただけだ」
筒香の言葉に、男は目を見開いて驚いた。
同時に今はもう遠い出来事のように思える、この異常な家で電話を通して知り合った『ある男』の言葉を思い出す。
『筒香 紫遠は、根は善人だったはずだ。今は好感度マイナスの影響が大きいかもしれないが、一度冷静になれば脱出に協力してくれる可能性はある』
「――――ああ。お前の言う通りだったよ、D」
その時、家の外から再び閃光が放たれる。
すでに家の扉は破壊され、内と外を遮るものは何も無い。
男は今度こそ死を覚悟した。
しかし隣りに立つ筒香が指を鳴らした瞬間、彼女の防御術式が展開し、閃光と衝突する。
甲高い音を立てながら閃光は四散し、その熱によって玄関ホールが焼かれていく。
豪華な造りだった玄関ホールは、今や炎が揺らめく廃墟同然の有り様だが、術式に守られた筒香と男のもとに攻撃は一切届かなかった。
「取り敢えず、あのクモだかカニだか分からんガラクタを何とかする必要があるが、問題は……」
筒香は家の外、霧の中に蠢く異形を睨みながら口にする。
「……どんどん増えてないか? あれ」
筒香の言う通り、異形たちはこの家を取り囲みつつあるようだった。
徐々に増す硬質な足音と耳障りな駆動音が、そのことを裏付けていた。
「おい、殺人鬼。喜べ、御主人様から最初の命令だ」
筒香は男の方を振り向くと、リビングを指差す。
「召喚しろ。できるんだろう?」
「なに?」
「だから召喚しろ、味方を増やせ。私だけでは手が足りん」
男は唖然とした。筒香は召喚に関する重要な情報を忘れている。
「お前は俺の話をちゃんと聞いていたのか? 召喚されたキャラは、俺に対して好感度マイナスなんだ。味方どころか、敵対する可能性が高いんだぞ?」
「だから何だ? このままでは、どのみち死ぬ。だから死ぬ気で説得しろ。任せたぞ」
それだけ言い残し、筒香は外へ飛び出していく。
しばらくすると戦闘が始まったのか、爆発音が聞こえだした。
「――――勝手な女だ。くそっ!」
男は焼け付くような痛みに耐えて、体を引きずりながらリビングに入る。
幸い、先ほどからの攻撃で異世界召喚装置が壊れているということはなさそうだった。
男はリモコンを手に取り、激痛と失血で朦朧としながらも、召喚候補を考える。
(魔術師の筒香と組ませるなら、前衛をこなせる人物が最適だが……。くそ、視界までぼやけてきた。もう時間が――――)
男の体力は限界にきていた。
必死に歯を食いしばって画面を見つめる彼の視線は、ある名前に注目する。
――――『暮島 杏莉』
アニメ『X:EX』に登場する『暗殺のエキスパート』。
超人的な身体能力を持ち、接近戦から銃火器、爆発物の扱いまで何でもこなす戦闘のプロ。
任務のために親友を手に掛けたことを後悔し、暗殺組織を離反。
その後は親友の意思を継いで世の中の悪と戦うことを決意した、純粋な心を持つ少女。
「召喚……する!」
男はリモコンの決定ボタンを押す。
もはや意識を保っているのも辛い状態だった。
モニターが輝き出し、光の靄が集まっていく。
男は薄れていく思考の中、無意識に光に向かって手を伸ばした。
多くの罪を重ねた手。
大勢の血にまみれた手。
彼が伸ばしたその手の行く先が、そしてこの男の未来がどうなったのか、今は知る由もない。
ただ一つ言えることは――――
男が伸ばした手は眩い光の中で、確かな温もりに触れていた。
―――― 異界邸宅 ルートA 了 ――――
【異界豆知識2】
『家』の外は霧が立ち込めた『廃墟の都市』となっています。多数の生体兵器が『敵性ユニット』として徘徊しており、非常に危険です。
都市の周囲は『いっそう濃い霧』に囲まれており、徒歩などの通常手段では都市から脱出はできません。
【異界豆知識3】
扉を開けた時点で『家』は安全地帯としての機能を失います。外部及び内部からも、破壊可能となります。
ただし異世界召喚装置や家の各種設備などは、破壊されない限り引き続き使用可能です。