異界邸宅 第23話
鏡の中に飛び込んだ4人が辿り着いた場所。
そこは無数のモニターが不規則に並ぶ異様な部屋だった。
「なんだ? ここは……」
薄暗い照明の中、モニターの光が怪しく明滅する。乱雑に配置されたモニターは、正確な数を把握するのも難しい。
壁に埋め込まれたもの、無造作に部屋の床に積まれたもの。大小様々な画面の光が部屋を照らしていた。
「レンヤさん、これを」
藍歌が一つのモニターを指差す。
そこにはAの姿が映し出されていた。
Aはすっかり感情が抜け落ちた顔をしながら、ゆったりとした足取りで女性キャラを追い詰めていた。
両手には血塗られた斧と鉈。
狂気だけが残った、無機質な瞳。
「……Aはまだ続けているのか」
レンヤは息を詰まらせた。
「あの、キラメキさん。ここ、どこなんですか?」
「え? さ、さぁ?」
美海の質問に、冷や汗を流しながらキラメキが答える。いつの間にか、レンヤたちが脱出に使った鏡が消えていた。
もう、あの家に戻ることもできない。
「ここは、本当に出口なのか?」
レンヤの中で不安が膨らみ始めた、その時――――
「ようこそ、レンヤ君。まずは脱出成功を祝おう」
黒いスーツ姿の壮年の男が現れた。
男はカツカツと靴を鳴らし、拍手をしながら近づいてくる。そして優雅に、余裕を感じさせる態度でレンヤたちの前に立った。
「……お前が執行部か?」
レンヤが警戒しながら尋ねると、男は愉快そうに頷いた。
「そうとも。私たちはこのゲームを監督し、見守る立場にある」
男の返答を聞いた瞬間、キラメキが「こんなろー!」と叫んで突撃しようとする。
そんな彼女を、美海が必死に掴んで止めていた。
男はキラメキに一瞥をくれることもなく、余裕の笑みを浮かべたままだ。
「私たちは、あなたの言うゲームを『クリアした』ということですか?」
藍歌の質問に男は答えない。
手を後ろで組み、直立不動を貫く。
「……どうなんだ? 俺たちはあの家を脱出できたと考えていいのか?」
レンヤが問いただすと、男は笑みを深めて答えた。
「その通りだ。君はあの家を見事に突破した。『世界が納得する答え』に辿り着いたのだよ」
「世界が納得する答え?」
「そう。あの異界は、ただの監獄ではない。無数の選択肢があり、無数の脱出方法が存在する。だが、ほとんどの者はここに辿り着くことはない。世界が納得しない限りは」
「……」
つまり、あの家の扉を開くことが『出口』だったわけではない。
扉も、ルールも、召喚も、他の適性者たちも、すべてがあの異界を構成する仕掛けの一つ。
本当に外に出るためには、適性者が自分で『出口を組み立てる』必要があったということだろうか。
「さて、レンヤ君。君に最後の選択肢を与えよう」
執行部の男は、ゆっくりと手を広げる。
「君が召喚したキャラクターたちを生贄に捧げれば、君は『永遠の命』を得ることができる」
「……!!?」
レンヤは目を見開き、その隣で藍歌は無表情のまま執行部の男を見つめる。
「は、はぁ!? なにソレ! ふざけんな!!」
「い、生贄って……。う、嘘ですよね……?」
キラメキは怒りを隠さずに男を睨みつけ、美海の顔からは血の気が引いていた。
2人のことは意にも介さず、男は話を続ける。
「召喚されたキャラクターは、原作キャラをコピーした『複製体』にすぎない。彼女たちは、このゲームのために用意された備品の一つだ。用済みになれば、廃棄する決まりになっている」
いきなり突きつけられた事実に沈黙が落ちる。
キラメキも、美海も、言葉をなくして呆然としていた。
藍歌だけは、態度から心情を察することができない。レンヤは拳を握りしめ、男を睨みつけた。
「……ふざけるな」
「ふざける? いや、これは『特権』だよ。君が勝ち得た報酬だ」
男は淡々と説明を続ける。
「彼女たちを生贄に捧げれば、君は死をも超越した存在になれる。それとも彼女たちを引き取って『楽園都市』で共に暮らすかね?」
「楽園都市?」
「簡単に言えば、君のように『異界を突破した者たち』が住む特別な都市さ。そこなら複製体とも共存することが可能となる。さて、説明は以上だ」
――――永遠か、共存か。
――――選びたまえ。
「レ、レンヤさん……」
美海が不安そうにレンヤを見る。
キラメキは歯を食いしばって俯いていた。
藍歌は、ただいつも通りに微笑むだけだ。
レンヤは一瞬だけ目を閉じる。
――――考えるまでもない。
「俺は楽園都市に行く」
「……ほう、いいのかね? いつの世も人類が夢に見る『永遠の命』、それを手にする最初で最後のチャンスだ。二度目はないのだよ?」
興味深げに語る男に対し、レンヤは迷いなく告げた。
「藍歌、美海、キラメキ。この3人がいなければ、俺はあの家でとっくにくたばっていただろう。永遠の命を語る前に、まず彼女たちに借りを返さないとな」
――――沈黙。
レンヤの答えを聞いた執行部の男は一度だけ目をつむり、楽しげに微笑んだ。
「……いいだろう。ならば、君の答えを受け入れよう」
男はゆっくりと手を上げる。
「ようこそ、楽園都市へ」
男の後ろの扉が開き、光が溢れ出す。
白い輝きがレンヤ、藍歌、美海、キラメキの4人を照らした。
「ふふ、楽園都市ですか。どのような所か、ワクワクしますね」
「……この短時間で、いくつも衝撃の事実が明かされたと思うが、君は変わらないな」
「最初に言ったはずですよ?『私は無駄に騒いだり、無謀な行動を取ることを好みません』と。さぁ、レンヤさん。楽園までエスコートをお願いできますか?」
そう言って、藍歌は手を差し出す。
レンヤは苦笑しつつ、そっと藍歌の手を取った。
――――君には本当に助けられた。
感傷に浸りかけたレンヤの背中に衝撃が走る。満面の笑みを浮かべたキラメキが、勢いよく飛び乗っていた。
おんぶをしているような体勢になってしまい、レンヤは前のめりによろめく。
「レンくーん! さっきのセリフかっこ良かったよ! いやー、アタシは最初から信じてたけどね! だからアタシもエスコートしてよー、エスコート!」
「……キラメキ。おんぶしながらエスコートも何もないだろう」
呆れながらも体勢を整えたレンヤの左手に、今度は美海の手が触れる。
「あ、あの、私も手を握っていいですか? ち、ちょっと怖くて……」
右手に藍歌、左手に美海、なぜか背中にキラメキ。狂気に満ちたあの家で過ごした3日間だったが、得るものはあったのだとレンヤは実感した。
「――――仰せのままに、お嬢様方」
レンヤは3人の少女たちに寄り添われながら光の向こう……楽園都市へと歩き出す。
「――――ああ、そうそう」
歩みを進めるレンヤに執行部の男が声をかけた。
「あの家で受けた『好感度マイナス』の影響はもとに戻しておくよ。もっとも、君には必要なさそうだがね」
男の言葉を背に受けて、レンヤたちは前へと進む。溢れ出す光の先に待つのは本当の『楽園』か、それとも更なる『試練』か。
その答えは、彼らの未来だけが知っている。
―――― 異界邸宅 了 ――――
異界遊戯執行部『異界邸宅編』いかがだったでしょうか?
未熟な部分も多々あったと思いますが、楽しんでいただけたのでしたら幸いです。
今後の更新ですが、人物紹介的な『おまけ』を1話投稿した後の更新は未定です。
私は一章ずつ書いていくタイプなので、投稿再開は次章が完成した後になります。(なるべく早く再開したいとは思っています)
ちなみに次章からは新たな主人公、新たなキャラクターたちが異界脱出に挑みます。
本文にもあった通り『レンヤ君たちがどうなったのか?』は未来だけが知っています。
彼らの未来が明るいものであるように、応援していただけたら作者としても嬉しいです。
◇
「面白い!」と思った方は、ブックマークや評価などしていただけると嬉しいです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!