異界邸宅 第22話
異世界召喚装置が起動し、リビングが光で満たされていく。モニターの前に光の靄が集まり、次第に人影が浮かび上がる。
やがてレンヤたちの目の前に、1人の少女が姿を現した。
――――『光堂 キラメキ』
「……は?」
金色のウェーブヘアと褐色肌が美しい、学生服姿の少女がキョトンとした顔をして立っていた。
派手なネイルやアクセサリーを身に付け、着崩したグレーのブレザーや短めなチェック柄のスカートからも、彼女の奔放な性格がよく分かる。
キョロキョロと周囲を見回すキラメキに事情を説明するため、レンヤは深呼吸をして一歩前に出た。
「光堂 キラメキだな? まずは落ち着いて話を――――ぶっ!?」
「レンヤさーーーーん!?」
レンヤが話をしようとした直後、お手本のような右ストレートが顔面に炸裂した。
そのまま後方に吹っ飛んだレンヤは、ソファーを巻き込んでひっくり返る。
それを見ていた美海が、レンヤを殴ったキラメキに向かって猛然と抗議した。
「あ、あなた! いきなり何するんですか! ぼ、暴力反対です!!」
「え? ご、ごめーん! なんかその人の顔を見たら『ブッ飛ばさなきゃ!』って感情がメラっと燃え盛ったっていうか……。ふ、普段はこんなことしないんだよ!?」
美海に詰め寄られたキラメキは慌てて謝罪した。
一方、藍歌は仰向けに倒れているレンヤの顔を覗き込む。
「レンヤさん、大丈夫ですか?」
「……ああ。『星が見える』という現象を身をもって体験したよ」
藍歌の手を借りて起き上がったレンヤは、改めてキラメキに事情説明へと向かった。
「あ! キミ! いきなり殴っちゃってゴ……うーん。ゴメンけど、やっぱキミ、なんかムカつくわ」
「あ、あなたねぇ……!」
「美海、大丈夫だ。光堂 キラメキ、君が普段とは違う行動を取ってしまった原因について、話がしたい」
「ほぇ?」
その後、レンヤはキラメキにこの家のことを一から説明した。
話が進むにつれて、キラメキの表情には怒りがフツフツと表れていった。
「はぁ!? なにソレ!! その執行部って奴らのせいで、アタシってばレンくんを嫌うように仕組まれてるってこと!? そんなん洗脳じゃん! 催眠じゃん! 断固抗議じゃん!」
怒りが収まらないキラメキは、監視カメラに向かって「執行部、出てこいコラァー!」と叫んでいる。そんな彼女の行動に、美海は少し呆れ顔だ。
レンヤはいよいよ本題に入るため、キラメキに話を切り出した。
「キラメキ、君の怒りはもっともだ。俺たちも執行部の都合に付き合わされるのには、うんざりしている。だからこの家から出るために、君の力を貸してほしい」
「おっけー☆」
「か、軽い……」
「ふふ、扱いやす……話が早い方で助かりましたね」
つい先程までレンヤに嫌悪感を抱いていたとは思えない満面の笑みで、キラメキは脱出への協力を快諾する。
――――この細かいことを気にしないおおらかさと切り替えの早さは、彼女の長所の一つだな。
さっそくレンヤたちはこの家からの脱出に向けて、場所を移動することにした。
その際、キラメキはレンヤのそばに駆け寄ると「さっきは殴っちゃってゴメンね」と謝罪する。
細かいことは気にしないが、筋はしっかり通す素直さを持つ。
それが光堂 キラメキという少女だった。
◇◇◇
アニメ『クインテット・リバース』の世界において、異界と現実を結ぶ出入り口となっているのは『鏡』だ。
クインテット・リバースの魔法少女たちは、鏡を通して世界を渡る。
リビングを出たレンヤ、藍歌、美海、キラメキは、レンヤの個室に移動していた。
4人はレンヤの個室に備え付けてある、大きな姿見の前に立っている。レンヤがこの家で目を覚ました直後に見た、あの鏡だ。
キラメキは両手を腰に当てながら、覗き込むように鏡を見ていた。
「おー、でっかい鏡じゃん! これなら余裕でイケるね! よっしゃー、気合い入れてリバチェンすっか!」
「リバチェン……?」
「再聖変身。魔法少女へ変身することだ」
レンヤが美海へ説明している目の前で、キラメキの身体が幾重にも重なった輝きに包まれる。
彼女が無数の星を纏ったかのような光景に、レンヤ、藍歌、美海の3人は圧倒された。
星々の輝きが収まると、そこには黄色を基調とした魔法少女服姿のキラメキが堂々と立っていた。
「魔法少女『レイザーハート』。参上だぜぃ!」
「……現実ですか? これ」
「美海さん、目の前で起きたことくらいは素直に認めましょう」
いまだ呆然としている美海とは反対に、藍歌はどこか嬉しそうだ。
(そういえば『イロモノ・ザ・リッパー』のスピンオフ作品で『絶対断罪魔法少女 グレート・アイカにゃん』というのがあったな……)
『アイカにゃん』はあくまで本編から派生した別世界の扱いだが、こちらの藍歌も魔法少女に思うところがあるのかもしれないとレンヤは思った。
決して口には出さなかったが。
「よーし、そんじゃこの鏡に向かって『現実に戻るぞー!』って感じでダイブすればいいんだよね?」
キラメキの確認に、レンヤは無言で頷く。
レンヤの賭けが正しかったのか、間違いだったのか、それでハッキリするはずだ。
「あの、鏡に飛び込むなんてこと、本当にやるんですか? あ、レンヤさんを信じていないって訳ではなくて……私、まだ実感が無いというか……」
心配そうに語る美海の背中をポンポンと叩きながら、キラメキは太陽のような笑顔で自信満々に断言する。
「大丈夫だって、ミミっち! こんな立派な鏡なら、万事抜かりなくヨユーっしょ! ほれ、レンくんとアイぽんも、しっかり手を繋いでね!」
「ああ」
「アイぽん……」
キラメキの指示通り、キラメキ、美海、レンヤ、藍歌の順で手を繋ぐ。
鏡の中に飛び込み、世界を渡る準備が整った。
「キ、キラメキさん、信じていいんですよね? 信じますよ?」
「まかせろや、ミミっち! アタシもまだやったこと無いけど、感覚でなんとかイケるっしょ!」
「え? 今、やったこと無いって……」
「よし。キラメキ、頼む」
「りょ! レッツら突撃!!」
「ちょおーーーー!?」
「ふふふ」
この家で目を覚まして3日。
3日の間に数々の狂気を見た。
生々しい死を見た。
この悪夢から抜け出すために、全員で生き残るために。
4人は鏡の中に飛び込んだ。