異界邸宅 第21話
「家の外には出られない」
リビングで異世界召喚装置を操作しながら、レンヤは藍歌と美海に説明を始めた。
「だが俺たちはこの家から脱出したい」
美海がコクコクと頷く。
藍歌はただ微笑むだけだ。
「家の外に出られないなら、脱出先を変えるしかない」
「ふぇ?」
美海の目が点になる。彼女はレンヤの言葉の真意を測りかねている様子だった。
藍歌はますます笑みを深めた。
「俺たちは、この世界の外に出る」
「……」
美海は無言になって固まり、藍歌はこらえきれずに笑い出した。
「ふふふ。つまり『世界を渡る』能力の持ち主を召喚し、この異常な空間そのものから脱出しようということですね? レンヤさん」
「そうだ、候補は何人かいるが……」
召喚可能キャラのリストを見ながら、レンヤは考え込む。
「あれ? でも『能力を使って外に出る』ことは、罰を受けるかもって話だったんじゃ……」
「『召喚された女性キャラも、条件達成まではこの家の外に出ることはできない』。ルールで言及されているのは『家の外』に出ることです。『世界の外』に関しては、ルールの範囲外ですよ。レンヤさんはルールの裏をかこうとしているのです」
美海の疑問に、藍歌が答える。
2人の会話を聞きながらも、レンヤは召喚候補についての考えをまとめていく。
能力は絶対に必要だが、好感度マイナスの影響を忘れてはならない。
召喚直後でも比較的安全に対話ができ、かつ世界を渡る能力を持つキャラクター。
そうなると、候補はかなり絞られる。
真剣な顔でモニターを見つめるレンヤが答えを出すまで、藍歌と美海は静かに待った。
そして――――
「決めた」
レンヤは一人のキャラクターにカーソルを合わせた。
――――『光堂 キラメキ』
『クインテット・リバース』という魔法少女アニメに登場するキャラクター。
フワフワの金髪と褐色肌が特徴の、いわゆる『ギャル系』のキャラだ。
細かいことは気にしないおおらかな性格で、仲間思いのムードメーカーでもある。
クインテット・リバースの主人公が所属する魔法少女チーム『クインテット・ハート』のメンバーで、戦闘能力ではチーム最強を誇る。
クインテット・リバースにおける魔法少女は、正体不明の怪物『グリフォス』から人々を守ることが使命だ。そして、グリフォスとの戦いの日々を送っていた人類は、鏡の中の異界『裏面』がグリフォスの本拠地であることを発見する。
魔法少女たちは『鏡』を異界と現実を繋ぐ出入り口として出撃し、グリフォスと戦っていくというのが主なストーリーだ。
(光堂 キラメキは『チーム最強』であるにも関わらず、主人公チームが裏面に初出撃した第2話で、最初に遭遇した敵にあっさり身体を真っ二つにされて死ぬんだよな。当時はネットも阿鼻叫喚だったが……)
アニメ制作陣は最強であるキラメキが瞬殺されることで、裏面のヤバさと物語の方向性を演出したかったのだろう。
正直、レンヤにとっても若干トラウマになっているアニメシーンの一つだ。
「藍歌、美海、召喚前に言っておきたい。こんな訳の分からない家に君たちを喚んでしまって、すまなかった」
「レンヤさん……」
「……」
美海はうっすら涙を浮かべながら、藍歌は無言でレンヤの言葉に耳を傾けた。
「もし光堂 キラメキに問答無用で攻撃されたら、俺は何の抵抗もできずに消し炭になるだろう。君たちは万が一にも巻き込まれないように、離れて見ていてくれ」
「それはあまり意味のない提案ですね、レンヤさん」
藍歌はクスクスと笑いながら、レンヤと距離を詰めて座り直した。
「あなたが死んだら、私たちは召喚という手段を失います。外が危険であるなら、そうなった時点で詰みですよ。異世界召喚装置は適性者しか使えないんですから」
「そ、そうです! だからそんな寂しいこと言わないでください!」
「と、いうわけですので。万が一の時は3人仲良く消し炭になりましょうか」
「え? そ、それはちょっと嫌です……」
涙目になって縮こまる美海と、その様子を見て笑う藍歌。レンヤも二人につられて微笑み、覚悟を決めた。
「召喚する」
レンヤはリモコンの決定ボタンを押した。
モニターが一際強く発光し、光の靄が収束し始める。
最後の召喚。
最後の少女。
最後の賭け。
レンヤの物語の結末が近づいていた。