異界邸宅 第20話
美海のハッキングにより、監視カメラの映像が映し出された。
場所はAの家のダイニングルーム。
テーブルや椅子は脇に退けられ、床には少女の死体が転がっていた。
頭から血を流す死体と、心臓をナイフで一突きにされた死体の2つが。
「もう、2人目を……」
レンヤは愕然とした。電話を終えてから、まだ僅かな時間しか経っていない。
この光景を見た藍歌は、諦めが混じった溜め息をもらす。
「レンヤさん、やはり……」
「いや、待ってくれ。美海、カメラを切り替えてAを探してほしい」
「は、はい……」
美海は血の気が引いた顔でデバイスを操作する。
Aはすぐに見つかった。
黒髪で短髪の男が、リビングで異世界召喚装置を操作しながらソファーに座っている。
彼の服は、返り血で真っ赤に濡れていた。
顔にかかった血を拭ったのか、同じく赤く染まったタオルが床に投げ捨ててある。
そして、リビングのテーブルに置かれているのは――――
花瓶、ハンマー、多種多様な包丁とナイフ、草刈り鎌、斧に鉈。
キャラクターを召喚し、効率よく殺していくための準備が整えられていた。
数々の凶器に囲まれて、Aはリモコンを片手に次の獲物を物色している。
淡々と、無表情で。
「……」
レンヤは言葉を失った。
どうやったらAを説得できるのか、答えが何も見つからなかった。
「もう十分でしょう、レンヤさん」
レンヤは言葉に詰まったまま、視線だけを藍歌に向けた。
「Aは完全に一線を超えてしまいました。もう、こちら側に戻ることはありません。Bの時と同じく、これはすでに『終わった出来事』なのです。あなたはこれ以上、彼の物語に関わるべきではありません」
藍歌の言葉を噛みしめるように、レンヤはカメラの映像をじっと見つめながら動けずにいた。
美海は心配そうに、レンヤに向けてチラチラと視線を送っている。
「……美海」
「は、はい!」
「映像を切ってくれ」
「えと……い、いいんですか?」
「ああ」
少しだけ躊躇った後、美海は端末を操作してハッキングを終了する。
映像が暗転する瞬間、レンヤは画面の中のAを見つめながら口にした。
「じゃあな……A」
Aにかける言葉は、それしか見つからなかった。
◇◇◇
Aの家へのハッキングを終えた後、リビングは沈黙に包まれていた。
ここに閉じ込められて3日。
たった3日で、Aは殺人への抵抗を無くした。
――――この家はただの檻じゃない。人をおかしくする『何か』を孕んでいるのではないか?
――――明日は自分が狂ってしまうのではないか?
レンヤの胸中に、どうしようもなく不安が渦巻く。
その泥のような感情を吐き出すために深く呼吸をした後、レンヤは藍歌と美海に話を切り出した。
「2人とも、何か気がついたことやおかしいと思ったことはないか? 何でもいい、脱出のための手がかりが欲しい」
「気がついたことですか? うーん……」
難しい顔をして美海は考え込む。今までの出来事を思い返しているのだろう。
そんな美海の横で、藍歌が小さく手を上げた。
「脱出に直接関係するかは分かりませんが、気になることはあります」
「なんだ?」
藍歌の言葉に、レンヤは思わず身を乗り出した。
「適性者の死亡が確認されました。24時間後に家の扉のロックが解除されます」
藍歌が口にしたのは、Eの家のモニターに表示されたメッセージだった。
「あと9人で、家の扉のロックが解除されます。……何か気づきませんか?」
次いで藍歌はAが電話で伝えてきたメッセージを語った。
EとAの家のモニターに表示された2つの隠しルール。
どちらも『死』をトリガーにして、家から脱出できることを示唆している。
――――適性者の死亡が確認されました。24時間後に家の扉のロックが解除されます。
――――あと9人で、家の扉のロックが解除されます。
――――家の扉のロックが解除。
「妙に遠回りな言い方だ」
なぜ一言「脱出できます」ではないのか。
そこまで考えた時、レンヤは『とてもおぞましいモノ』を見たような気分になった。
「まさか……そういうことか?」
「ふふふ。私たちの考えが合っているとしたら、執行部は相当に性格が悪いですね」
「え? せ、説明お願いしまーす!」
1人だけ話しについていけない美海は、困惑した表情を浮かべていた。
「美海、家の鍵が開いたらどうなる?」
「それは……家の外に出れます」
「他には?」
「え? ほか?」
美海はしばらく考えた後、「あ!」と驚きの声を上げた。
レンヤは一度頷いて、答えを口にする。
「そうだ。中から外に出られるなら、外から中に入ることも可能になる」
「ふふ、私たちはこの家の外がどうなっているか知りません。外に何がいるのか、外は安全なのか、何も分からないんです」
藍歌がレンヤの説明を引き継ぐように言った。
『家の扉が開く』=『脱出』とは限らない。
それが2つのメッセージから、彼女が気づいたことだった。
「で、でも、それじゃあ……Aさんは無駄な殺しをしているってことですか?」
「あくまでも可能性の話ですけどね」
だが、執行部はこれまでも悪辣な面をのぞかせてきた。
『扉のロックが解除』という表現も、その1つの可能性はある。
「そ、そうだ! 確かめてみればいいんです! Eさんの家のカメラ、前回から24時間以上経っているはずです。様子を確認してみましょう!」
「まぁ、美海さん。たまには鋭いことを言いますね」
「たまにはって何ですか!」
藍歌とそんなやり取りをしながら、美海は手際よくハッキングを開始する。
しかし、キーボードを打つ彼女の指が突如止まった。
「どうした?」
「⋯⋯Eさんの家に繋がりません」
「執行部が妨害しているということですか?」
「いえ、むしろカメラの反応そのものが無いって感じで……」
「……カメラが物理的に破壊されたか」
監視カメラを壊したのは家に残っていた『ハヅキ』か、それとも外から来た『何か』か。
「家の外は、やはり危険かもな……」
「で、でも、そんなのどうしようもないです! 一生この家から出られません!」
美海の言う通りだった。
家の外には出られない。しかし、この家に残り続けることもリスクが有る。
一見、手詰まりに思えるこの状況。
だがレンヤは、この状況だからこそ閃くものがあった。
「召喚する」
レンヤの言葉に美海は目を丸くし、藍歌は心の底から愉しそうに微笑んだ。
この決断が、3人の命運を決めるだろう。
それでもレンヤは、自身の閃きに賭けてみることにした。
「これが最後の召喚だ」