異界邸宅 第2話
レンヤは深呼吸して、目の前のモニター『異世界召喚装置』と向き合った。
画面上には無数の召喚可能キャラクターの名前が並んでおり、その選択肢の多さが逆に判断を迷わせる。
レンヤは自分の記憶にある作品知識やモニターに備わっていた検索機能を駆使して、慎重に召喚候補を考えた。
やがてレンヤは、1人のキャラクターに注目する。
――――群青灘 藍歌。
『イロモノ・ザ・リッパー』というデスゲーム作品に登場する少女。いわゆる腹黒系というのか、必要とあらば他人を陥れることにも躊躇しない。
幼少期から体が弱く、体力は同年代の平均を大きく下回るものの、だからこそ知力を磨き続けた努力家でもある。
レンヤは彼女を召喚することに決めた。理由はいくつかある。この異常な事態を理解するために、冷静で理知的な意見が必要だった。
イロモノ・ザ・リッパーは主人公たちがデスゲームの舞台である洋館に閉じ込められるが、藍歌はその状況にも動じず、序盤の物語を牽引する役割も担っていた。
感情と思考を切り離して行動できるタイプの藍歌なら、この家の状況にも適応できる可能性が高い。
だが同時に、最低な思考が頭をよぎったことも否定できない。
――――彼女の身体能力なら、最悪、無理矢理に……。
レンヤは、そこで思考を止めた。
「最低だな、俺」
呟きながら、こめかみを押さえる。
異常な環境にいるのは確かだが、自然とそれに順応しようとしていた自分に戦慄する。
何をしても許される。そんな考えで理性を失えば、人間はどこまでも堕ちていくだろう。
このままではいけない。
だからこそ、レンヤは「今の自分を客観的に見てくれる存在」を必要とした。
「……召喚する」
レンヤはリモコンの決定ボタンを押した。
装置が起動し、モニターの光が室内を満たす。
やがて画面の前に光の靄が渦巻き、小柄な影が浮かび上がった。
「……ここは?」
涼やかな声が響く。光が消えた後、そこに現れたのは一人の少女だった。
美しく整えられた青みを帯びた銀髪が、しっとりと揺れている。
端正な顔立ちに、冷静な眼差し。
華奢な体躯と清楚なワンピース姿は、落ち着いた気品を感じさせた。
――――群青灘 藍歌
彼女は自分の身に起きたことを理解しようとしているのか、ゆっくりと視線を巡らせた。
そしてレンヤと目が合うと愛らしく、そして不敵に微笑んだ。
「これは……、随分と面白い状況ですね」
面白い……と言いつつ、藍歌の目はまったく笑っていなかった。
レンヤは息を呑む。ルールにあった『召喚されたキャラは好感度マイナスからスタートする』は、彼女にどこまで影響しているのか。
「お初にお目にかかります。私は群青灘 藍歌と申します。あなたが私をここに連れてきた張本人ですか?」
「……ああ、俺はレンヤ。ここに閉じ込められた一人だ」
レンヤは簡潔に答えた。すると藍歌は「なるほど」と呟きながら、レンヤとは距離をおいてソファに腰を下ろす。
「説明してもらえますか? ここがどんな場所なのか。そして、あなたが何を考えているかを」
冷静で怜悧な声。
彼女に余計な誤解を与えないためにも、レンヤは正直に説明することにした。
この家のルール――――
異世界召喚装置――――
脱出するために必要な行為――――
藍歌は途中で口を挟むことなく、黙ってレンヤの話を聞いていた。
すべてを聞き終えたあと、彼女は目を閉じ、そして笑った。
「ふふ……」
「……何かおかしいか?」
「いいえ。ただ、あなたの表情が興味深かったもので」
「俺の表情?」
「ええ、心当たりがあるのでは?」
淡々とした言葉。
しかし、レンヤは彼女の言葉の裏を感じ取った。
藍歌はレンヤの精神状態を測っている。
「……君は俺のことをどう思う?」
レンヤが率直に尋ねると、藍歌は優雅に微笑んだ。
「そうですね。現時点では迷うことなく『嫌い』と断言できますが、それはそれ。私の周りにはナメクジ以下の嫌悪感の塊のような連中が大勢いましたから、特に騒ぎ立てるほどのことではありません。それに、あなたが私を召喚した意図について、理解もできました」
「君を召喚したのは、冷静な意見がほしかったからだ」
「それは建前でしょう?」
藍歌の目が鋭く光る。
「あなたの本音は『この異常な環境で、本当に自分が理性を保てるのか』試したかったのでは?」
レンヤは息を呑んだ。
核心を突かれた。
藍歌は微笑みながら続ける。
「あなたは冷静なつもりでいても、すでに環境に取り込まれつつある。だからこそ私のような存在を召喚し『自分はまだ大丈夫』だと安心したかった。違いますか?」
「……かもしれないな」
「ふふ、正直でよろしい。では、少しだけ私からも提案をさせていただきます」
藍歌は上品に髪を撫でながら、真っ直ぐにレンヤを見つめた。
「この状況を打破する方法を、一緒に考えてみませんか?」
レンヤはその言葉に、わずかに驚く。
「君は協力するつもりなのか?」
「ええ。私は無駄に騒いだり、無謀な行動を取ることを好みません。それに、どうせこの家から出ることができないなら、時間は有益に使いませんと」
藍歌の声は冷静そのものだった。
それは『協力することが最も合理的』という判断のもとになされた提案なのだろう。
レンヤは彼女の提案を考え、ゆっくりと頷いた。
「わかった。君の知恵を借りる」
「ええ、それが賢明です」
藍歌は満足そうに微笑んだ。
こうしてレンヤは最初の協力者とともに、異常な状況を乗り越えるための一歩を踏み出した。
【念のため2】
この作品に登場するアニメ・ゲーム作品、及びその登場キャラクターはすべて作者のオリジナルです。(既存の作品をモデルにしている場合はあります)
異世界召喚装置では、レンヤ君の世界に存在したアニメ・ゲーム作品からキャラを召喚しているとお考えください。