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異界遊戯執行部  作者: 春雪
異界邸宅編
19/26

異界邸宅 第19話


――――ガチャ。


 レンヤは玄関ホールに行き、受話器を手に取った。その後ろでは、藍歌と美海が静かに耳を澄ましている。


「……Dか?」


 電話をかけてきたのは適性者A。

 電話口から聞こえるAの声は、異様なほど冷静だった。


「どうした?」


 レンヤはなるべく不安を表に出さず問いかける。

 Aはしばらく沈黙した後、冷めた口調で言った。


「筒香 紫遠を殺した」


――――なに?


 Aの言葉を理解するまで、レンヤの思考が一瞬停止する。

 その間にも、Aは淡々と語り始めた。


「筒香を召喚したのは失敗だった。損切りだよ」


 Aの声には、もはや何の迷いもなかった。


「食事をしながら、今後について話し合おうと筒香を誘った。どれだけ魔術が得意でプライドが高くても、空腹には勝てなかったということだな。あとは隙を見て……後ろから頭を殴った。それで終わりだ」


「本当……なのか?」


 レンヤが聞き直すと、Aはかわいた笑いを返した。


「すべて本当だよ。そして、ここからが本題だ。筒香を殺した後、俺の家のモニターにこんなメッセージが出たんだ」


――――『あと9人で、家の扉のロックが解除されます』


 レンヤは息を呑んだ。

 Eが死んだ時と同じ、新たな隠しルールだ。


「……つまり召喚したキャラを10人殺せば、適性者は家から出られるということか」


「そうだ」


 Aは躊躇ちゅうちょなく言い切った。


「D、覚えているな?『召喚できる女性キャラの人数は無制限である』というルールを。ならば……」


――――10人殺せばいい。


――――何人でも召喚して殺せばいい。


「……お前、本気でやるつもりなのか?」


「もう迷う理由はない。あと9人殺せば、俺はここから出られる」


「……」


 受話器を持つ手に力が入る。レンヤが想像していた以上に、Aは精神的に追い詰められていたのだろう。


 Aにどんな言葉をかけるべきか、Aを止める方法はあるのか。

 すぐに正解は見つけられなかった。


「D、お前には世話になった。だから忠告しておく。この家を出たいなら、迷うな」


 Aは最後にそう言い残し、電話を切った。

 レンヤの周囲に、気まずい沈黙がまとわりつく。


「あ、あの、レンヤさん……」


「心配するな」


 レンヤは受話器を置くと、藍歌と美海に向き直る。


「俺はAと同じ方法は取らない。根が小心者だからな。10人も殺す度胸なんてないさ」


「そ、そうですよね! あ、今のはレンヤさんが小心者って意味じゃなくて、安心したって意味で……」


「ふふ。またしても予想通りの行動ですね、レンヤさん。もう少し意外性を発揮していただいても、私は構わないのですが」


「意外性ね……これからは時と場所をわきまえて発揮していくとしよう。それよりもだ――――」


 レンヤは美海に視線を向けた。


「美海、Aの家の監視カメラをハッキングしてほしい」


「え? も、もしかして、Aさんを説得するつもりですか?」


「ああ、あの様子じゃ電話をかけても無視されそうだ。カメラのスピーカーを使う」


「それはやめたほうが良いでしょう」


 藍歌の冷静な声が場を支配した。

 彼女はレンヤに真っ直ぐな視線を送りながら、さとすように言葉を続ける。


「Aは止まりませんよ。今のAは『脱出』という目的のために、殺人を正当化しています。目的に進み続けることで、精神の安定を保っているんです。ここでやめたら自分の心が壊れてしまうと、Aは無意識に自覚しているのでしょう。だからAは決して止まりません」


 藍歌が口にしたことは、レンヤも薄々感じていた。

 電話で話したAには迷いが一切なかった。

 彼は自分の方法が正しいと信じていた。いや、信じたかったのだろう。


 筒香 紫遠を殺した後は、Aも後悔や葛藤かっとうを抱えていたのかもしれない。

 だが、直後に表示されたメッセージが、Aの殺人に正当性を与えてしまった。


――――『あと9人で、家の扉のロックが解除されます』


 Aはこのメッセージにすがるしかなかったのかもしれない。


「さっきも言ったが、俺は小心者なんだ。ここで何もしなかったら、たぶん生涯の心残りになるだろう。俺はそれが怖いんだ」


「……不快な思いをすることになりますよ? 傷つくだけかもしれません」


「何もしないよりはマシだな。俺にとっては」


 レンヤの言葉を聞いた藍歌は「はぁぁぁぁ」とこれ見よがしに溜め息を付いた後、いつもの微笑み顔に戻って言った。


「なるほど、レンヤさんがとんでもないドMのロマンチストだということは分かりました。もう好きにしちゃえばいいと思います」


「人聞きの悪いことを言うな」


 レンヤは憮然ぶぜんとした表情で反論する。

 その様子を見ながら、藍歌は楽しそうにクスクスと笑った。


「そんなに怒らないでください。私は案外好きですよ? そういうのも」


「え? あ、藍歌さんて、ドMが好きだったんですか?」


「人聞きの悪いことを言わないでください。ロマンチストの方です」


 今度は藍歌が憮然とする番だった。

 美海はワタワタと慌てながら、藍歌に謝罪している。

 そんな2人を見てレンヤは思った。


――――この2人を殺せるわけがない。


――――Aにもこれ以上、殺してほしくはない。


 そして3人はリビングへと向かう。

 3度目のハッキング、Aの説得を行うために。




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