異界邸宅 第17話
レンヤ、藍歌、美海の3人はリビングに戻っていた。すでにBの家へのハッキングは完了しており、美海のデバイスに映像が映し出される。
レンヤは最悪の結末を予想していた。
Eの時と同じく、血にまみれた死体が映るのではないかと。
しかし、画面に映ったのは2人の女性がダイニングで和やかに食事をしている光景だった。
だが、そこにBの姿はない。
「Bはどこだ?」
リビング、廊下、玄関ホール、娯楽室、物置と映像を切り替えていくが、どこにもBは見当たらなかった。
残るは各個室やトイレ、バスルームだが、これらに監視カメラは設置されていないため、様子を確認することはできない。
「……美海、カメラのスピーカーは使えるか?」
「え? は、はい。いけます」
レンヤはダイニングで食事中の女性2人にコンタクトを取ることにした。
1人は黒髪ショートカットで気が強そうな印象の女性。もう1人は朗らかな笑顔が特徴のロングヘアの女性だ。
どちらかが『松浜 伊吹』である可能性は高いだろう。
「食事中にすまない。そこに松浜 伊吹はいるか?」
2人の女性の視線がカメラを向く。
「誰?」
ショートカットの女性が椅子から立ち上がり、カメラへと近づいてきた。
レンヤは努めて冷静に話を進めた。
「俺は適性者D。そちらに電話をかけたんだが、切られてしまってな。不躾かもしれないが、こうしてカメラのスピーカーを通して話をさせてもらった」
「D……ああ、あの男が電話で話してた相手ね」
ショートカットの女性は腕を組み、小声で確認するように呟いた。
「君はBが召喚した松浜 伊吹で合っているか? できればBと話がしたいんだが……」
「それ無理」
レンヤの要請に対し、伊吹はキッパリと断った。
「あの男は拘束して適当な個室に転がしてるから。この家の個室、カメラないでしょ? 無理」
「……なぜ、そんなことを?」
「あいつが信用できないからに決まってるじゃん」
伊吹の声と表情には、Bに対する明確な嫌悪と拒絶の色があった。
「口を開けば調子の良いことばかりだし、かと思ったら急に泣きごと言い出すし、ことあるごとに胸やお尻を見てくるし。信用できるわけないじゃん」
レンヤは頭を抱えたい気分になった。
好感度マイナスの影響だけではない。Bは召喚後のキャラとの関係構築に、完全に失敗しているようだった。
「だからあいつに純礼ちゃんを召喚してもらって、拘束しておこうと思ったの。純礼ちゃんはあたしと同じ事務所の友達で、合気道の達人だからさ。警戒されるかもと思ったけど、お願いしたらあっさり召喚してくれたよ」
レンヤは遂に頭を抱えた。
(だから召喚はよく考えて行えと言っただろう!)
適性者にとって召喚は唯一の武器であると同時に諸刃の剣なのだ。
Eは召喚したキャラに殺され、Aも関係構築に精神をすり減らしている。
異世界召喚装置は、考えなしに使って良いものではない。
「……松浜 伊吹、君の気持ちは分かった。Bの行動が無神経だったことも。だが、だからこそお互いによく話し合ってみるべきじゃないか? この家からの脱出には――――」
「惚れ薬」
伊吹はレンヤの説得を遮るように、冷たく言葉を発した。
「あんなモノが突然出てくるような家で、あの男を野放しにしろと? 次にもっとヤバイものが出てきたらどうすんの?」
「……」
「話は終わったね。じゃ」
その言葉を最後に、伊吹は再び食事へと戻っていった。
レンヤは心の中で空虚感を噛みしめる。
「……レンヤさん、これはもう『終わった出来事』なのです。この結末は、B自身の選択によるもの。あなたに出来ることは、ありません」
「……これで残りはAと俺だけか」
寂しそうに呟いたレンヤの横顔を、藍歌と美海はただ見つめるだけだった。
「美海、映像を切ってくれ」
「……はい」
暗転した画面に映るレンヤの顔には、徒労と虚しさが滲み出ていた。
Bもまた、この家の異常さと狂気の沼に沈んでいった。
5人の適性者のうち、3人が脱落。
それでもまだ、ゲームの終わりは見えない。