異界邸宅 第16話
レンヤは惚れ薬の件もあり、他の適性者たちの状況を確認することにした。
――――AとB、2人ともすでに召喚を行っている。
――――Aは筒香 紫遠、Bは松浜 伊吹を召喚し、関係構築に苦労していた。
筒香 紫遠は魔術師であり、戦闘能力を有している。
松浜 伊吹はアイドルであるため、危険度で言えば心配ないかもしれないが、Bは精神的にかなり追い詰められていた。
加えて朝の放送だ。
CやEの末路を思えば、レンヤの脳裏に嫌な予感がよぎるのも仕方のないことだった。
その不安を払拭するためにも、レンヤは焦る気持ちを抑えてダイヤルを回した。
◇◇◇
《適性者A 3日目》
――――プルルルル……ガチャ。
「……Dか」
電話に出たAは、昨日よりも更に疲労を濃くした声色だった。
「どうした、何があった?」
レンヤが問うと、Aは重い溜め息をつく。
「どうもこうもない。筒香が……とにかく、俺にまったく気を許さなくてな」
「……状況を考えれば、それも仕方がないだろう」
「頭では分かっている。俺も少しでも歩み寄ろうと努力した。無理に協力を強制することもしなかった。だが……」
Aは明らかに苛立っている。だいぶストレスが溜まっているようだ。
「昨日の夜から、筒香とはほとんどまともに話していない。あいつは自分の部屋に閉じこもったままだ。加えて今朝の放送……。アレのせいで余計に態度が頑なになった」
「……それで、どうしたんだ?」
「部屋から出てくるようにドア越しに説得していたら、魔術で威嚇されたよ。殺されるほどの攻撃ではなかったが……流石に肝が冷えた」
レンヤは眉をひそめる。
――――筒香 紫遠は嫌いな人間との関わりを拒絶するタイプか。
――――Aが距離を詰めようとするほど、激しい抵抗を受けるかもしれない。
Aの状況は、下手をすればEの二の舞いになりかねない危うさがあった。
「……A、今は無理に動くな。あくまで俺の印象だが、筒香 紫遠は根は善人だったはずだ。今は好感度マイナスの影響が大きいかもしれないが、一度冷静になれば脱出に協力してくれる可能性はある」
Aは少し沈黙した後、低い声で呟いた。
「……そうだな。そうであってほしいと思う」
Aの声音からは、どこか寂しさが感じられた。
「A、困ったらすぐに連絡してくれ。あまり抱え込むなよ」
「ああ、お前もな」
――――Aとの会話、終了。
「……Aさんという方、大丈夫でしょうか? だいぶ疲れてるみたいでしたけど」
美海もやはりAの疲労具合が気になったようだ。
藍歌はクスリと笑いながら感想を述べる。
「Eもそうでしたが『1人目に誰を召喚するか』で適性者の明暗がハッキリと分かれていますね。ね、レンヤさん?」
「そうだな……」
Aは確かに苦戦している。だが、まだ『詰み』ではないはずだ。
優秀な魔術師である筒香が脱出に協力してくれれば、Aの状況は劇的に改善するかもしれない。
そうなってほしいと、レンヤは心から願った。
◇◇◇
《適性者B 3日目》
レンヤは次いでBに電話をかけた。しかし……。
――――出ない。
もう一度、Bの番号「2222」とダイヤルを回す。
――――プルルルル……ガチャ、プツッ。
(切られた!?)
レンヤの中で嫌な予感が膨らんでいく。
昨日、Bは追い詰められていた。松浜 伊吹に警戒され、状況を打開できずにいた。
そして今、彼は電話に出ない。
「電話は繋がらないのではなく、切られたのですね?」
藍歌が確認するように、レンヤへ声をかける。
「ああ、少なくともBの家には、生きている『誰か』がいるはずだ」
「ふふ、それがBであるなら、電話を切る理由はないでしょう。彼はレンヤさんからの電話を頼りにしていましたから」
「え、えと、それってつまり、Bさんは……」
「……」
レンヤは悔しさを押し殺しながら受話器を置いた。
そして美海の方へ振り返り、彼女をまっすぐに見つめる。
「美海」
「へ? あ、ひゃい!」
異性と視線を合わせることに慣れていないのか、美海は顔を真っ赤にしてうろたえる。
その横では藍歌がニコニコと微笑んで、2人の様子を見守っていた。
――――考えたくはない。
――――だが、確かめなければならない。
レンヤは覚悟を決めて口にする。
「Bの家の監視カメラをハッキングしてくれ」