異界邸宅 第15話
――――チッ。
3日目の朝。
スピーカーから再び電子音が鳴り響く。
「3日目になりました。適性者の皆様のために『惚れ薬』を進呈します。この薬を召喚したキャラクターに飲ませることで、たちまち愛の奴隷とすることが可能です。今日も元気に肉体関係を持ちましょう」
レンヤは朝の放送を聞き、嫌悪感とともにベッドから身を起こした。
――――惚れ薬?
――――愛の奴隷?
耳を疑うような内容。
しかし昨日までの出来事を思えば、薬が配布されたのは事実なのだろう。
そして何よりも意地が悪いのが……。
この放送が、あえて女性陣にも聞こえるように流されていることだ。
「……完全に人間関係を壊しにきてるな」
レンヤは額を押さえ、深く息を吐く。
3日目はこうして始まった。
◇◇◇
レンヤがダイニングルームへ向かうと、すでに藍歌が待っていた。
テーブルの上には、ピンク色の液体が入った『妖しげなデザインの小瓶』が置かれている。
「おはようございます、レンヤさん。あまり清々しい朝とは言えないかもしれませんが」
いつもと変わらぬ口調で藍歌が微笑んだ。
「……瓶をそのままにしていたのか?」
「ええ、あなたが惚れ薬をどのように扱うのか、見てみたかったもので。ふふふ、わざと遅れてくるなんて紳士ですね、レンヤさん」
「……なるほど。君らしいな」
レンヤから少し遅れて、美海がダイニングへと入ってくる。
彼女の表情は緊張と恐怖で強張っていた。
「……あの放送、本当なんですか?」
「そのようだ」
レンヤは短く答える。
美海の視線は、テーブルの上の小瓶に釘付けになっていた。
まるで汚物でも見るような、嫌悪感をあらわにした眼差しだ。
「こんな……こんな最低な……」
美海の手が震えている。
昨日のEの死、そして今朝の放送。彼女の精神は、摩耗し始めているようだった。
レンヤはテーブルに近づくと惚れ薬を手に取る。
美海は「あっ!」と声を上げ、藍歌は黙って様子を見守っていた。
二人の視線を受けながら、レンヤは力強く小瓶を床に叩きつけた。
――――パリーン!!
ピンクの液体が飛び散り、床に広がる。
これで惚れ薬を使うことは不可能になった。
レンヤの一連の行動を見ていた美海は驚きと、そして安堵の表情を浮かべる。
藍歌は小さく笑いながらレンヤに声をかけた。
「レンヤさん、これでは掃除が大変ではないですか。キッチンが近いのですから、どうせならシンクに捨てていただかないと」
「次があればそうしよう」
そう言い残し、レンヤは二人に背を向けて掃除道具を取りに行った。
◇◇◇
朝の惚れ薬騒動が一段落した後、レンヤ、藍歌、美海の3人はリビングに集合していた。
そんな中、ソファに小さくなって座り込んでいた美海が、おずおずと話し始める。
「あ、あの、レンヤさん、疑ってすみませんでした。私、すごく怖くて。なんかこの家に来てから、心が不安定になってる感じで……」
「気にするな。この状況じゃ無理もない」
美海の立場を考えれば、疑心暗鬼になるのも仕方がない。
実際、レンヤはまったく気にしていなかったし、どう考えても執行部が100パーセント悪いのだ。
「それにしても、予想通りすぎて意外性に欠ける結果でした。あの惚れ薬が本物だったとしたら、ちょっともったいなかったですね」
「……あの、もしかして藍歌さんて、この状況を楽しんでます?」
「そっちも気にするな。俺もよく分からない」
レンヤは溜め息まじりに答えた。
一方の藍歌は、優雅な微笑みを崩さずに話を進める。
「とにかく、私たちは執行部の悪辣な罠を乗り切ることができました。ですがレンヤさん、他はどうだったでしょうね?」
「そうだな……」
AとB。他の適性者のもとにも、惚れ薬は配られただろう。
早急に確認が必要だった。
「すぐに二人に電話してみよう。何事もなければいいんだが……」
「ふふふ。では、急ぎましょうか」
「わ、私もご一緒します。お邪魔でなければ……」
3人は他の適性者と連絡を取るため、玄関ホールへと向かった。
この家の狂気がAとBにどのような影響を与えたのか。答えは電話の先にある。
「面白い!」と思った方は、ブックマークや評価などしていただけると励みになります。