異界邸宅 第12話
「……つまり私は『あなたに召喚された』ってことですか?」
「そういうことだ」
レンヤ、藍歌、美海の三人は、ダイニングルームで昼食を兼ねた説明会を行っていた。
テーブルには紅茶の他に、スコーンやマフィンといった軽食が並んでいる。
「そんな……そんな非科学的なこと、ありえません! 私がアニメのキャラクター? それに肉体関係? 意味が全然分かりません!」
美海は半泣きで頭を抱えていた。
気が付くと見知らぬ家に連れてこられ、そこから脱出するには『適性者と肉体関係を持つ』という理不尽なルールを突きつけられた少女。
取り乱すのも仕方がないことだろう。
「理解し難いとは思う、混乱するのも当然だ。だが、それが事実なんだ。」
「でも……私が突然いなくなったら、お父さんやお母さんがなんて思うか……。杏莉ちゃんと遊ぶ約束だってしてたのに……」
(暮島 杏莉……『暗殺のエキスパート』か……)
ネット上の都市伝説『サラシメさん』として、大勢の悪人たちの秘密を世間に晒していった美海。
その代償が自分のそばに忍び寄っていたことを、彼女はまだ知らない。
――――もっとも、知った時には手遅れだったのだが。
「小野町 美海、非常識なことが起こっているのは確かだ。だが、これは間違いなく現実だ。俺たちも、君も、現時点でこの家から出ることはできないんだ」
「そんな……」
美海の顔が、怒りと悲しみと恐怖が入り混じった表情に歪む。
そんな時、美海の隣りに座る藍歌が優しげに声をかけた。
「小野町さん、あなたの気持ちはよく分かります。私もここに喚ばれた直後は、ひどく混乱しましたから」
(そうだったか?)
藍歌の言葉は事実とは違った気がするものの、レンヤは空気を読んで口をつぐんだ。
「ですが、少なくともレンヤさんは考えなしに召喚を行う方ではありません。もしかしたら、あなたや私にとっては、ここに喚ばれたほうが幸運だったのかもしれませんよ?」
「……? どういう意味ですか?」
藍歌は意味深な言葉を残すと、レンヤに視線を送る。
レンヤはここで本題に入ることにした。
「美海、君に頼みたいことがある」
「……なんですか?」
美海は未だに警戒を解いてはいないが、真剣なレンヤの表情を見て話を聞く気にはなったようだ。
「この家には監視カメラがある」
「……それで?」
「監視カメラのシステムをハッキングして、他の家の映像を確認できないか試してほしい」
「えっ!?」
美海は困惑と動揺を繰り返して、視線を右往左往させる。
「た、たた確かに、私は情報処理が得意ですけど、ハッキングなんて違法行為は……」
「君は『サラシメさん』だろう?」
レンヤの言葉を聞いた瞬間、美海はピタリと動きを止めて固まった。
「都市伝説にまでなった君のハッキング能力なら、他の家の監視カメラを覗くくらい、不可能ではないはずだ」
「お、脅す気なんですか? 私を……」
「違う、これは『お願い』だ。この家から脱出するには、少しでも情報が必要なんだ。そのために、君の力を借りたい」
「頼む」と言って頭を下げたレンヤを見た美海は、迷いながら視線を落とした。
美海はしばらく考え込んだ後、ゆっくりと顔を上げる。
「……この家から出るため、ですよね?」
「ああ」
「……分かりました。やります」
レンヤの胸の奥に安堵が広がる。他の家の状況を視覚的に確認できれば、情報収集の精度が格段に上がるはずだ。
「ありがとう、助かるよ」
「ただし!」
美海は椅子から勢いよく立ち上がり、語気を強めて言った。
「私はあなたを信用しているわけじゃありません! だから一刻も早くこの家から出て、何が何でも元の世界に帰りますから!」
「それでいい」
――――これでEに何が起きたのか、確認することができる。
情報処理のエキスパート『小野町 美海』のハッキング能力。
この家を脱出する手がかりを掴むための、新たな武器を手に入れた。