異界邸宅 第11話
レンヤはリビングのソファーに座り、異世界召喚装置を操作する。
その隣に腰掛けた藍歌は、真剣な表情でモニターを見つめるレンヤの様子を黙って眺めていた。
――――Eが沈黙した理由を直接確認することはできない。なら、間接的に確かめるしかない。
レンヤは自身の記憶にあるアニメ・ゲーム知識の中から、この状況に最適な人物を考えた。
能力だけで決めるのは危険だ。
その人物の性格、思想、自分や藍歌との相性、そして何より安全に交渉できるキャラクターであることが最低条件だ。
少しずつ、慎重に候補を絞っていく。
そして15分ほど経過した頃――――
「決めた」
レンヤは一人の人物にカーソルを合わせた。
――――小野町 美海
『X:EX』という10人のエキスパートたちが活躍する、群像劇に近いアニメ作品の登場キャラ。
小野町 美海は、普段はどこにでもいる少し地味目の女子高生だが、都市伝説級のハッキング技術を持つ『情報処理のエキスパート』。
そんな彼女の性格は、人一倍の正義感とその何倍も大きな劣等感に悩む、アンバランスさを抱えた人物だ。
――――悪人に対して何もできない自分が情けない。悔しい。なにかしなければ。
そんな彼女のとった行動は、悪党の秘密をハッキングによって世間にバラし、世論の力で制裁を与えるというものだった。
この彼女の行いは『サラシメさん』という都市伝説を生み、後の彼女の身に起こる悲劇へと繋がっていくのだが……。
「ふふふ。なるほど、ハッキングですか。執行部が用意した仕掛けを利用しようというのですね?」
「そうだ、Eの家の監視カメラをハッキングする」
レンヤから美海について説明を受けた藍歌は、すぐにその真意を見抜いた。
Eが適性者であるなら、この家と同じように監視カメラが仕掛けられているはずだ。
カメラの映像を確認できれば、何か手がかりを得られる可能性は高い。
(問題は『好感度マイナス』の影響だが……)
少なくとも小野町 美海は、いきなり暴力に走る人物ではない。
彼女がこの異常な状況に身を置かれた際、どんな反応をするかは未知数だが、後は根気よく説得するしかないだろう。
レンヤは覚悟を決めた。
「召喚する」
リモコンの決定ボタンを押す。
藍歌の時と同様、モニターから眩い光が溢れ、光の靄が収束していく。
光が完全に消えると、そこには一人の少女が立っていた。
日本人らしい黒髪ロングヘア。前髪を直線的に切り揃えた、いわゆるお姫様カットがよく似合うセーラー服姿の少女。
太めの眉毛と厚いレンズの黒縁メガネが特徴的な女の子だ。
「ふぇ!? な、なんですか、これぇ!!」
――――小野町 美海
彼女はあたふたと周囲を見渡している。その姿は、天敵に見つかった小動物を連想させる慌てぶりだった。
彼女はいつも持ち歩いているノートPC型のデバイスを、すがりつくように抱き寄せている。
レンヤは慌てふためく美海を怖がらせないように、ゆっくりと話し始めた。
「落ち着け、小野町 美海。今から説明する」
レンヤと目が合った美海の表情は、一瞬で恐怖の色に染まる。
「あ、あ、あなたは……誰ですか!? 私を誘拐したんですか!?」
――――やはり警戒されるか。
レンヤは無理に動かず、そのまま説明を始めることにした。
その時、隣りにいた藍歌が穏やかな笑顔を浮かべて美海に語りかける。
「小野町さん、あなたの気持ちはよく分かります。ですが、まずは落ち着いて話を聞いていただけませんか?」
「……あなたは?」
「私は群青灘 藍歌と申します。あなたと同じく、私も突然この場所に連れてこられた一人なんですよ?」
「え……?」
「ふふ。こちらのレンヤさんは、ちょっと無愛想で、ちょっと融通が利かなくて、ちょっと中間管理職のような疲れた目をしていますが、悪い方ではありません。心を落ち着けて、理性的な話し合いをいたしましょう」
(……俺はそんなにくたびれた見た目か?)
藍歌の紹介の仕方に若干の不満を持ったレンヤだったが、美海の表情からは少しづつ警戒が薄れていった。
「……信じて、いいんですか?」
「ええ、紅茶はお好きですか? 香りを嗅ぐだけでもリラックスできますよ」
藍歌は人畜無害な笑顔のまま、美海をダイニングルームへ案内する。
その途中、藍歌はレンヤの方へ振り返ると、悪戯っぽく微笑みながら軽くウィンクをした。
(……藍歌に一つ借りができたな)
取り敢えず、第一段階はクリアした。後は美海に協力してもらえるよう、説得できるかどうかだ。
(焦るな、せっかく藍歌がくれたチャンスだ。冷静に、一歩ずつ、美海との信頼を築けばいい)
それが、この家から脱出するための手がかりに繋がると信じて。
レンヤは二人の後を追って、ダイニングルームへと向かった。
明日からは12時過ぎと20時過ぎの2回更新になります。
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