異界邸宅 第10話
《適性者B 2日目》
――――プルルルル……ガチャ。
「Dか!? 良かった! 連絡くれたんだな!!」
Bの声は相変わらず落ち着きがなく、不安を抱えている様子だった。Bの声を聞いた途端、藍歌は不機嫌な空気を出し始める。
そんな彼女を横目に見つつ、レンヤは話を続けた。
まずはAの時と同様に、昨日の出来事をBにも説明する。その後、レンヤはBの状況を尋ねた。
「それで、B。そっちの状況はどうだ?」
「そう、そうだよ! 俺も召喚したんだ! でも、もう大変で……!」
「誰を召喚した?」
「いぶきたん」
――――いぶきたん?
レンヤは自身の記憶を探ってみたが、『いぶきたん』という名前に該当するキャラを思いつかなかった。
「すまん、B。『いぶきたん』って誰だ? どの作品の登場キャラだ?」
「はぁ? お前『いぶきたん』を知らねぇのかよ。アイフリだよアイフリ! 『アイドル・フリーダム』の『松浜 伊吹』ちゃんだよ! 俺の最高の推しキャラ!」
アイドル・フリーダム。レンヤの記憶が確かなら、アイドルを育成するシミュレーションゲームだったはずだ。
「分かった。その松浜 伊吹ってキャラクターはどんなキャラなんだ? 何か特技とかあるのか?」
「そりゃ、アイドルだから歌と踊りだろ。あと陸上部所属でクールな見た目なんだけど、意外と押しに弱くて女の子らしい部分もあったり……」
レンヤは頭を抱えたくなった。
昨日あれほど「よく考えて召喚しろ」と言ったにも関わらず、Bが召喚したのは単に『自分好みのキャラ』だった。
もはや恐ろしくて、隣りにいる藍歌の表情を確認することもできない。
レンヤが言葉を失っている間にも、Bは話を続けた。
「だけど、せっかく推しに会えたってのに、好感度マイナスなのが本当にきつい。なにを言っても信じてもらえないし、完全に警戒されてる。俺は本当に、無理にどうこうしようと思ってないのに……」
レンヤはBの話を聞きながら考えた。
Aの時にも感じたが、好感度マイナスの影響は召喚したキャラの性格によって『振れ幅』があるのかもしれない。
少なくとも自分と藍歌は、最初から話し合いくらいはできた。
プライドが高いキャラ、気が強いキャラなどの召喚は、慎重になったほうが良いだろう。
「……状況は分かった、とにかく焦るな。下手に動いて失敗したら、最悪の事態になるかもしれない」
「わ、分かってるけどよ……でも、どうすればいいんだ?」
Bは明らかに精神的に追い詰められ始めていた。
「急に距離を詰めようとせず、根気よく説得しろ。その……いぶきたんも、この家から出たがっているはずだ。ゆっくり、慎重に、脱出への協力をお願いするんだ。こっちも何かあったら、また連絡する」
「分かった。……やってみる」
――――Bとの会話、終了。
「レンヤさん。私、昨日言いましたでしょう? Bは切るべきです。あの手の人間は、反省もしなければ進歩もしません。そんな輩に割く時間は――――」
「藍歌」
藍歌が顔を上げると、レンヤは真剣な眼差しで藍歌を見ていた。
「君の気持ちも理解できる。だが脱出の糸口がどこにあるか分からない以上、情報源は多いほうが良い。適性者は俺を含め、4人しかいないんだ。俺はBとの連絡を断つような真似はしない。分かってくれ」
藍歌は少しの間だけ無言で固まった後、レンヤから視線をそらした。
「……レンヤさんがそこまで仰るなら、この件に関して私は何も言いません」
「ああ、ありがとう」
二人の会話はそこで終了した。
レンヤは気持ちを切り替えて、Eへと電話をかける。EはB以上に厄介な性格だ。気を引き締めないといけない。
◇◇◇
《適性者E 2日目》
――――プルルルル、プルルルル……。
レンヤは眉をひそめた。
――――電話に出ない。
もう一度、Eに電話をかけ直してみる。
しかし⋯⋯。
――――やはり出ない。
レンヤは仕方なく受話器を戻した。
「3つの可能性がありますね」
いつも通りの微笑みを浮かべながら、藍歌が指を3本立てる。
「そうだな。Eは昨日の時点で、他人と協力する気が一切なかった。電話を無視している可能性は十分にある。2つ目が――――」
「Eはすでに脱出を果たしてしまった。家にいないのであれば、電話を取ることはできません。そして3つ目が――――」
「Eは電話に出られない状態にある、か」
レンヤは腕を組んで思案する。
昨日のEの態度を考えれば、電話を無視している可能性が一番高い。
だが、どうしてもCのことが頭をよぎり、嫌な予感を拭い去ることができなかった。
「いずれにしろ、Eの様子を確認できない以上、我々に打つ手はありませんね」
「いや、ある」
レンヤは一つの決心をして答えた。
レンヤの言葉に少し驚いた表情を見せた藍歌だったが、すぐに心底楽しそうな笑みを浮かべ始める。
「候補はいらっしゃるのですか?」
「何人かな」
2人はそれだけ言葉を交わすと、リビングへと向かった。
現時点でEの様子を確認できる手段がないなら、手段を持っている者を喚べばいい。
レンヤはここで、諸刃の剣を振るうことに決めた。
――――二度目の召喚を行う。