再び、軽やかなダンス
僕達は絶望している。暗く冷たい、じめじめした空間は、汗や皮脂の臭いが立ち込めている。身動きが取れない。この狭い空間に、もう十年以上も閉じ込められていた。重くなった体は潰れ、固まり、或る者は一部欠損している。息が出来ずに苦しい。其処此処で、呻き声や嘆き声が聞こえる。声を上げる気力も失くし沈黙するものが多い。
僕達はこのまま終わってしまうのだろうか。何て理不尽なんだ。一生懸命働いた末路がこれなのか。
ある時、光が差した。空間の入り口が解放されたのだ。いきなり、僕達は一斉に外部に放り出され、何度もお風呂に入れられた。
ああ、心地よい。縮こまっていた体を伸ばし、大きく息を吐き出す。長年の汚れが洗い流される。だけど、体が欠損したものや、汚れが染みついたものは、除かれ、何処かへ連れて行かれた。もう、二度と会えない気がした。
次に温かな風が吹く空間に送り出される。濡れた体を乾かしながら、僕達は踊る。
数えきれないほど沢山の仲間と共に、集団でダンスをしながら選別される。
広く天井が高い空間。吹き上げられ軽やかに天に昇り、浮遊しゆっくりと落下する。クルクル回ったり、流れのまま漂ったり。落ちるかと思えばまた昇る。繰り返し、繰り返し、ダンスをする。
「ひゃっほー!」
「いえぇーい!」
皆、奇声を上げ、あの劣悪な空間から解放された喜びに嬉々としてダンスをした。より遠くまで行けるものだけが、次のステージに行くことが出来るらしい。
ダンスをする内に、僕達の体はより軽くなる。生まれ変わった気分だ。
次のステージに運ばれる。今度は隣同士、体が密着するほど狭い空間に勢いよく押し出された。
更に、その空間は規則正しく仕切られていく。
もう、ダンスは踊れない。踊らなくて良い。
「やあ、君は何処から来たの?」
僕は、隣のふわふわ色白美人さんに声を掛ける。
「私の生まれは、ヨーロッパ。その後は、ずっと日本に居るの。貴方の生まれは何処?」
「僕は、アジア生まれだよ」
「わお! 色々な所から来たのね、私達」
「このステージに来られたものは、エリートさ」
「ふふ、嬉しいわ」
「仲間とアジアから来て、十年以上毎日働いた。段々くたびれて役立たずになり、此処に送られた。体が強張り、自由が利かなくなった時、もう終わりかなって思ったよ」
「そうね、私も辛かったわ。働いていた所から連れて来られて、此処で待つ時間は永遠に続く気がした。でも、今日、お風呂に入はいれて、その後あと、ダンス、ダンス、ダンス! 気持ち良くて、楽しかったわ」
「僕も、もう踊るっきゃないから、夢中で踊ったよ。同郷の仲間とは逸れちゃったけど」
「ええ、私もよ。ちょっと寂しいけど、きっと、この空間の何処かにいるから、大丈夫! そう思いましょ」
「そうだね。それに、僕達、友達になれそうだし」
「ええ。これから、十年以上、一緒ね。よろしく!」
「また、元気が無くなって来たら、お風呂に入って、ダンスだね。新しい仲間が増えるけど、古い仲間はいなくなるかも」
「……貴方と逸れてしまうかもしれないわ」
「それは、嫌だ。だけど、きっと、君を探すよ」
「私も探すわね。約束よ」
みっちりと密度のある空間。その時に、再び出会える確率は極めて低いだろう。だから、僕達は悔いのない十年を過ごしたい。
「僕の名前は、ダック」
「私の名前は、グース」
僕達は、最高のテキスタイルに包まれ、天下無双の再生高級羽毛布団になった。