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バイオメモリー

「実は…私はもう余命いくばくもありません。残念ながら現在のどのような医学も、私の命を救うことは出来ないようです。ですが私には地位も財産もありますから、それで私の部下たちに調査をさせ、先生の御研究を知り、藁をもすがる思いで今日、先生の元をお伺いしたのです」

「そうですか。そのようなご事情がおありとは私は存じ上げませんでした。しかし私の研究が、余命いくばくもないとおっしゃるあなたのお役に立てるのか、私には自信がありません」

「先生、私の全ての記憶は、先生が開発されたバイオメモリーに保存出来るのですね?」

「バイオメモリーのことをご存じだったのですね。確かに…、そうです。もちろん出来ます。実は私は、莫大な時間と費用を掛け、極秘にこのバイオメモリーを開発したのです」

「極秘に?」

「そうです。それはこのバイオメモリーがスパイの諜報活動に悪用されたり、拷問の代わりとしてその人の意に反して記憶を奪われたりすることを避けるためなのです。しかしあなたは信頼の出来る立派なお方だと、私は以前からよく存じ上げております。ですから私の研究が、あなたのお役に立てるのであれば、私には全く異存はございません」

「そうですか。それをお聞きして安心しました」

「このバイオメモリーは、あなたの記憶の全てを取り出し、そして保存することが出来ます」

「そうですか。それはすばらしい」

「しかしながら、勘違いされてはいけないことがあります」

「と申しますと?」

「あなたは『永遠の命』を持てるわけではありません。あなたの記憶は永遠に残りますが…」

「そのことなら、重々承知しております。そしてそれで十分なのです。私は先生のお力で、長生きしたいと思っているわけではありません」

「そうですか」

「ところで、お聞きするところ先生はクローンの研究もなさっておられるそうですね?」

「これも極秘なのですが…、たしかにそれもやっています」

「それはあとどのくらいで完成しますか?」

「あと数年。長くても十年くらいでしょうか」

「よかった。それなら十分間に合います」

「間に合う?」

「実は…、今から約三百年後に、小惑星が地球に衝突します。しかし現時点では、そのことを知っているのは世界中で私だけです。そしてそのことを知ったのは比較的最近のことです」

「最近のこと?」

「御存じかと思いますが私は天文学者で、そして私は現在、不治の病に侵されています。しかし主治医の先生に相談し、私に万一のことがあっても構わないから、とにかく自宅で…、自宅の天体観測所で私の人生の最後の瞬間まで、天体観測や研究を続けさせて欲しいと、お願いしたのです。私は天体望遠鏡の傍らで倒れ、最期を迎える覚悟をしていますし、それで私は本望です」

「そうだったのですか…」

「そして最近の自宅での観測の結果、約三百年後に地球に衝突する小惑星を発見したのです。しかも私の頭の中にはその小惑星の軌道を変え、衝突を回避するプランもあります。しかし余命いくばくもない私には、このことをNASAに報告したり、衝突回避の方法を完成し、NASAに伝授する時間も体力もありません。しかも私の観測法、軌道計算法、衝突回避のプランは私独自のもので、うぬぼれていると思われるかもしれませんが、これらの方法は世界中で私以外、誰にも出来ないと思います。ですからもしこのまま私が死んでしまえば、三百年後の小惑星衝突は回避出来ないかも知れないのです。そして、もしそうなれば人類は滅亡するでしょう」

「それは大変なことだ」

「ですから先生の力をお借りしたいのです!」

「私の力…」

「そうです」

「そうですか。私の力、すなわちあなたの頭の中にある画期的な観測法、軌道計算法、そして衝突回避のプランを、私が開発したバイオメモリーに保存しようということですね?」

「そうです。私の研究の成果、アイディアその他全ての記憶を保存したいのです。ところでそのバイオメモリーは再び人間に戻すことは出来るのでしょうか?」

「出来ます。しかし脳の活動のパターンには個人差があり、例えば全くの他人にその記憶をインプットすると、記憶が『変質』する可能性があるのです。例えて言いますと、他のパソコンに文章データを入れると『文字化け』するような現象です」

「なるほど。しかし私のクローンだったらどうですか?」

「それはかなりうまくいくと思います。私の研究では脳の活動パターンは遺伝的要素もかなり影響しますから。クローンなら…」

「そうですか。それなら安心しました。とにかく、小惑星の衝突まであと三百年。それで、クローン技術完成まで十年なら十分間に合いますね」

「分かりました。つまり現在のあなたの研究や観測で得た知見をバイオメモリーに保存し、同時に、あなたの体細胞も保存しておきクローン技術が完成次第、あなたのクローンを作る」

「そうです。そして私のクローンが十分に成長したら、そのバイオメモリーを私のクローンにインプットし…」

「そうですね。するとあなたのクローンは現在のあなたの知見を出発点として、さらに研究が出来る。そしてあなたのクローンが数十年掛けて研究したその知見を、再びバイオメモリーに保存し、そしてあなたのもう一つのクローンをさらに数十年後に作り、そしてそのクローンが成長したら、その知見をインプットし、そのクローンはその知見を出発点として、さらに研究する」

「そうです!」

「そして、そういうことを繰り返せば、『あなた』はこれから三百年研究が出来る。そうすればその小惑星の衝突もきっと回避できるでしょうね」

「そう思います」

「そしてそのためには、バイオメモリーと、クローンの技術を伝授するために、私の知見をバイオメモリーに保存し、そして、私自信のクローンも作らなければ…」

「そうですね。これからあなたとは三百年の長いお付き合いになりそうですね」

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