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発作 完結

 数日後、病院長と長男は次男の研究所へ、例の「束鞭毛菌」のサンプルを持って出かけた。

 その研究所には最新の高性能の走査型電子顕微鏡が置いてあった。

 それから二人は次男とともに、その「束鞭毛菌」を観察した。


 まず10万倍に拡大した。

 そして画面に写し出されたその映像を見て、彼らは我が目を疑った。


「束鞭毛菌」は、画面上では長さ30センチ程の大きさに写し出されていたのであるが、それはどう見ても「機械」そのもの、いや機械というか、何かの電子部品のように見え、その形は病院で使っている「エアーシューター」にそっくりだったのだ。


 ただしその端からは沢山の電線、つまりワイヤーハーネスが出ていて、その先端には確かにコネクターが付いていた。そしてその「エアーシューター」本体には、何かラベルのようなものが貼ってあり、そこには文字が書いてあるようだったが、小さくてよく読めなかった。


 そこで倍率を100万倍に上げ、ラベルに視野を合わせた。

 ラベルは画面いっぱいに写し出された。

 そしてそこには何か英語のような文字が見えた。だけどまだ字が小さくてよく読めなかった。

 そこで倍率を限界の1000万倍に上げてみた。もはや個々の分子さえ識別できそうな倍率である。


 すると画面には英語の文字がはっきりと読めた。ただしその文字は左右が逆、つまり鏡に映したような文字だった。

 これでは読み難いので、ディスプレーの左右を逆に切り替えた。


 するとそこには次のような内容が書いてあった。


 タイムシューター(小型タイムマシン用時空転移装置)


〈使用方法〉コネクターをタイムマシンの動力装置に接続する。


〈作動方法〉未来へ移動する場合は10メガボルトX線を、過去へ移動する場合は20メガボルトX線を各々一秒以上照射する。照射後、約一分で作動開始。


〈作動時間〉タイムマシン搭乗者時間で約3分


〈移動時間の基本設定〉30分、5時間、2日、20日、200日、5年、50年、500年及び5000年。

(時間の設定は本体の大きい方のダイヤルを回し、時間の微調整は小さいほうのダイヤルを回して行なう。一回の移動は最高で5000年)


〈連続動作機能について〉5000年以上移動する場合は、タイムマシンを自動的に連続して作動可能です。10または20メガボルトX線を分割照射すると、照射間隔の365倍の時間ごとにタイムマシンを連続して自動的に作動させることが出来ます。


〈作動の取り消し〉5メガボルトX線を3秒以上照射すると、連続動作機能の設定を取り消すことが出来ます。ただし、いったん開始した作動については、途中で止めることはできません。


製造者 L地球 MASA



 三人は顔を見合わせた。そしてこれで彼の発作に関する多くの謎が解けたのだ。

 物理学者の次男は言った。

「この『束鞭毛菌』とは、生物学的な細菌ではなく、「タイムシューター」という人工的な機械の部品だったという訳だ。つまりタイムマシンの心臓部であったということだな。それからL地球って書いてあるけれど、きっとそのL地球人が作ったんだよ。彼らは途方もなく科学の進んだ宇宙人か、あるいは遠い未来の人類だろう」

 それからも三人は議論を続けた。


〈使用方法〉コネクターをタイムマシンの動力装置に接続する


この記述に関して、医者である長男は、

「確かに電子顕微鏡画像では束鞭毛菌、じゃなくて、このタイムシューターとやらは、親父の細胞のミトコンドリアに『接続』されていた訳だ。しかもミトコンドリアは細胞の『動力装置』だ。そうするとつまり親父の細胞が、いや、もしかして親父そのものが未来行きのタイムマシンに『改造』されていたということか…」



〈作動方法〉未来へ移動する場合は10メガボルトX線を、過去へ移動する場合は20メガボルトX線を各々一秒以上照射する。


 この記述について、彼の担当医であった病院長は言った。

「彼は2011年に脳腫瘍で放射線治療を受けている。それは確かに10メガボルトのX線だった。うちの病院では当時、10メガボルトのライナック装置を使っていたからね。それでタイムマシンが作動を始めたという訳だ」


 また、次男は、

「分かった。つまりタイムトラベルって奴は、高エネルギーを必要とするんだ!」


〈作動時間〉タイムマシン搭乗者時間で約3分

〈移動時間の基本設定〉30分、5時間、2日、20日、200日、5年、50年、500年、及び5000年


 これらの記述については三人とも納得した。発作の持続時間が彼にとって3分だということも含め、確かにそのとおりだ。しかし500年、5000年という記載には驚いた。


〈連続動作機能について〉5000年以上移動する場合は、タイムマシンを自動的に連続して作動可能です。10または20メガボルトX線を分割照射すると、照射間隔の365倍の時間ごとに、タイムマシンを連続して自動的に作動させることが出来ます。


 この記述について病院長は、

「放射線治療は分割照射といって、一日一回、一定の時間に、一定の放射線を照射するんだ。彼も毎日、月曜から金曜まで午前中に放射線治療を受けていたはずだ。一日一回照射していたから、その365倍、つまり一年に一回、タイムマシンが作動していた訳だ」

「そういえば院長先生、土日は放射線治療は休みですよね。それで次の月曜から再び…」


 長男がそこまで言うと、病院長は突然閃いた。

「分かったぞ! だから彼には発作の起こらない三年間があったんだ。彼の病歴は全て僕の頭に入っているから分かるんだ。それは2017年五月から2020年五月までだ。つまり2017年の発作は金曜日の照射が引き起こしたもので、2020年の発作は翌週の月曜日の照射によるものなんだ!」


 病院長の話に兄弟は納得した。

 やはり放射線治療が彼の発作を、というかタイムシューターとやらの作動を誘発していたということは、もはや動かしようがなかったのだ。


 だが、次の点が疑問だった。彼が放射線治療を受けたのは2011年の9月で、最初の発作はそれから一年後の2012年9月だった。

 しかしタイムシューターの説明文では、

〈照射後、約一分で作動開始〉

と書いてある。どうして一分後ではなく、一年後に作動したのか?


 しかしこの疑問に対する答えは以外と簡単に見つかった。次男が電子顕微鏡の倍率を、再び10万倍まで落としたときだ。

 再びタイムシューターの全体像が映し出されたのだが、それをよく見ると、その本体にマジックのようなもので手書きで「故障」と書いてあるのが分かったのだ。次男は、

「要するにこのタイムシュー-ターは故障していたんだよ。タイムシューターを使おうとしたであろうL地球人は、まずダイヤルを回し時間をセットした。つぎにこれをコネクターでタイムマシンの動力装置に接続した。そしてこれを作動させようとしてX線を照射した」

「ねえねえ、それじゃそのL地球人は、X線に被爆しちゃうのじゃない?」


 長男が言うと、次男は、

「物凄く科学が進んでいるはずだぜ。その辺は何とかうまいことやっているだろうさ。凄い宇宙服を着てるとかさ」

「なるほどね」

「で、X線を当てたんだけど、いつまで待っても作動しなかった。彼らだって一年も待つほど気が長くはないだろう。そこでこれを故障していると判断し、そのタイムシューターを動力装置から外した。その時点でタイムシューターは自動的に基本設定状態に戻った。そしてその後、親父の頭の中で放射線治療の10メガボルトX線を分割照射され、何故か基本設定どおりの順番で連続作動しちゃった。照射一年後からね。それと基本設定どおりの順番で作動、という変な作動の様子も、多分故障によるものだろうね」


 すると院長は、

「話はよくわかった。だが、どうして数ミクロンというような、とてつもなく小さな機械が存在するんだい? そのL地球人ってやつは、そんなに小さいのかい?」


 それに対して次男は、

「これは企業秘密だから内緒にして欲しいのだけど…、院長先生の疑問なんですけどね。これは多分、「空間圧縮」とか「空間拡大」いう技術なんです。今、僕らが研究しているんですけど、平たく言えば物質の縮小、拡大コピーです。それはタイムシューターを1000万倍に拡大して観察したときに分かったんです。あんなに拡大すると、本来ならタイムシューターを構成する一つ一つの分子が見えるはずなんです。だけどそうは見えなかったでしょう? 表面はつるつるに見えたでしょう。本来ならそんなことは有り得ない。だからこのタイムシューターはきっと10万分の一くらいに空間圧縮されていると思いますね。空間自体を縮めるから分子もいっしょに小さくなるんです。だから実物はきっと長さが30センチくらいですよ」

「ほうほう。それじゃうちの病院のエアーシューターそっくりじゃないか!」


 病院長は何故か嬉しそうに言った。一方、長男は、

「元の大きさに出来ないの」

 それに対し次男は、

「無理だね。今のうちの技術じゃ、せいぜい三倍にしたり、三分の一にしたりだね」

「じゃあ俺を三倍にしてくれよ。プロバスケットの選手になってやる」

 学生時代、バスケットをやっていた長男が言うと、

「やめとけ。まだ動物実験もやってないんだから」

 次男が言った。すると院長は、

「そいつは畜産業界に革命を起こすな。体長六メートルの牛、なんちゃって」

「院長先生、それは荒唐無稽ですよ!」


 長男がたしなめた。それから、

「だけど、考えてみるとさあ、もし院長先生がまともな、じゃない。ごく普通の医者だったら…」

「何だ、何だ、 俺はまともだぞ!」

「いや、だからですねえ、院長先生のおかげなんですよ。もし親父が最初に病院に来た時に、院長先生がまともな、いや、通常の考え方に基づいてさっさと親父の『死亡確認』をやっていたとしたら…、実は、あるベテランの看護師さんが言っていたけれど、そのとき院長先生は超音波装置にかじりついて、根性で親父の心臓の動きを観察したそうですね。そして何が何でも心臓が動いていることを確認しようとした。そうして親父が『生きている』と判断したのでしょう?」

「人が考えんようなことを考えることが大切なんだぞ」

 病院長は誇らしげに言った。

 それから長男は、

「ところでさあ、あのタイムシューターはどうやって親父の頭の中に入り込んだんだろう」

 それに対して次男は、

「たぶんそのL地球人とやらが未来からUFOで地球までやってきて、帰るときに故障したタイムシューターを圧縮して捨てて行ったんだろうね」

「何万個もかい? だって親父の脳内の松果体には恐らく何万個もの束鞭毛菌、じゃなくて、タイムシューターがあったはずだぜ」

 長男が言うと、次男は、

「俺の予想なんだけど、L地球人は故障したタイムシューターを空間圧縮するときに、間違えて三次元コピーをたくさん作ったんじゃないかと思うんだ。圧縮率の代わりに、コピー回数かなんかを100000って入力して、それからエラーが出て、今度は正しく圧縮率を100000と入力したとする。そうすると10万分の一のやつが10万個も出来ることになる。そしてそうとは知らず、それら全部を捨てて行った…」

「あんな物騒なものを十万個もまき散らしながらUFOで飛んで行ったってか。とんでもねえ話だ。きっと親父はそのときそのUFOの真下にでもいたんだろう。それを頭からぶっかけられてさあ。親父もいい迷惑だ。きっとそいつを鼻から吸い込んで『感染』したんだろうよ」

「まったく文明が進んでも、ドジな奴はいるもんなんだな…」

「まあそれはさておいて、君たちのお父さんの病気はこれで治せるよな。これだよ!」


〈作動の取り消し〉5メガボルトX線を3秒以上照射すると、連続動作機能の設定を取り消すことが出来ます。ただし、いったん開始した作動については、途中で止めることはできません。


「もちろん彼がすぐ元に戻る訳じゃないけれど、その次の500年の発作は防ぐことが出来るだろう。確か今、うちのライナックは5メガも出せると思うよ。放射線技師長に聞いとくよ」


 それに対し次男は、

「院長先生、5メガを当てるのは、親父が元に戻った後のほうが安全ですよ。何たって今は、タイムマシンは『作動中』なんだから、また変な誤動作をされたらかなわないですからね」



 それから兄弟は彼の自宅へ向かうと、母親に大声で言った。

「お母さんやったよ!  親父の病気、治せるぞ!」


 それから彼らは、特別大きな文字で書いたコメントを彼の前のキャンバスに貼った。


 お父さん、病気治せるぞ!


 それから5年後、彼は微笑んだ顔になった。さらに10年後、彼の目から涙が流れ出した。

 その涙は、さらに15年をかけて彼の頬を伝った。

 そのひと雫が彼の胸に落ちたとき…


 2076年5月。

 発作が起こった日時のちょうど50年後、彼は元に戻った!


 彼が50年間座り続けたお気に入りのソファーは、もはや大変な年代物となっていた。

 そしてその三十三歳の姿の彼の目の前には、九十歳の妻、六九歳と六七歳の息子、そして

その妻らと、大勢の孫とひ孫らがいた。皆、お祝いに集まったのだ。


 彼が「目覚める」と、家族全員で手を取り合って喜んだ。

 彼が最初に言った言葉は、「ああ、腹が減った」だった。皆、大笑いした。

 早速用意されていたご馳走が振る舞われた。


「50年間のタイムトリップ、本当にお疲れさまでした!」

 それからしみじみと妻が言った。

 そしてその夜彼らは、彼にとってはたったの3分間だが、家族にとっては50年間、積もりに積もった話をした。

 その夜、彼らは遅くまで語り合った。



 翌日彼は早速、長男の病院へ行き、5メガボルトX線の照射を受けた。たったの3秒間の照射だが、念のため、彼の脳全体に照射が行われた。


 その帰り道、彼と長男は二年前の2074年に九十歳で亡くなった、彼の担当医であった、「荒唐無稽先生」の墓参りをした。


「先生も、お父さんの病気が治るところを見たかっただろうね」

 長男はしみじみと言った。



 その後、彼は年老いた妻の介護をした。

 彼らが出会った2000年代、二人はよく近くの公園にある並木道を散歩していた。

 その並木道は70年後の2070年代にも存在し、当時の面影を残していた。


 三十歳代の彼は年老いた妻を車椅子に乗せ、その並木道を散歩に出かけるのが日課だった。

「お孫さんですか?」と、通り掛かりの人に声をかけられると妻は、

「いいえ、彼は私の夫です。いい男でしょ」と、いつも自慢げに答えていた。


 それから、

「私はね、世界でも希に見る、姉さん女房なんだよ!」と付け加えることも忘れなかった。


 その妻も十年後の2086年、彼や息子らや孫たちや、その他大勢に見取られ、満百歳で大往生した。

 それから彼は年老いた彼の息子らや、同年代の彼の孫やひ孫らとともに、幸せに暮らした。


 もちろん彼の発作は二度と起こることはなかった。

 そして彼は最後の昭和生まれとして、2134年まで生きた。

 それは彼自身にとっては90年の生涯だった。


 しかし、戸籍上彼は、146歳まで生きたことになっている。


 発作 完

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