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金縛りと巻き戻し3

 試合の後彼は…といってもあの「代打男」の彼ではない。

 この「彼」は、この物語に登場する三人目の人物。


 実は彼は墨のような真っ黒のカローラレビンに乗っていたので、彼の車を「墨レビン」と呼び、同時に彼のことを「墨レビンの彼」と呼ぶことにする。


 で、墨レビンの彼は、ピッチャーだった。

 そしてその夜、彼は救援登板での失投を見事にスタンドまで運ばれていた。


 試合の後、彼は行き付けの飲み屋のいつものカウンターにいた。

 で、なじみの女の子に、


「また今度の試合で頑張ればいいんじゃない。プロは一度負けても、また次があるって、言ってたじゃない」

なんて、慰められてはみたものの、やはり憂うつな気分は消えず、で、自分のアパートへ帰ると風呂に入り、あとは何もする気にならず、ベッドで大の字になった。


 でも全く眠れなかった。

 体は疲れているのに、彼の頭の中だけは、「あの一球」のことで満タンになっていたのだ。


 彼は四年目のピッチャーだ。

 速球とフォークを武器にする小気味よいピッチングで、「押さえの切り札候補」として期待されていた。


 だが彼には一つだけ欠点があった。

「押さえ」を勤めるには、致命的とさえ言えるような…


 それは「一発病」だった。

 肝心なところで抜けたようなまっすぐが、棒球となって甘いコースに入ってしまうのだ。

 だからこの夜も彼は、一点リードの九回ゲームセット目前に、その「甘いコースの棒球」を投げ、それを見事にスタンドまで運ばれていたのだ。


 彼はベッドの上で、まんじりとも出来なかった。

(ああ、また今夜も眠れない。明日も登板があるというのに…いや、もしかしたらもう登板はないかも知れない。ピッチングコーチが意味深なこと言ってたからな。もしかすると、俺、クビ?)


 彼は憂うつだった。

 もしかすると明日にでもクビにされるかも。

 だったら今のうちに荷物をまとめておいたほうがいいのか…などとまあ、いらんことも考え始めていたのだ。

 もしかすると彼はプロ野球界から追放されるのだろうか…


 そのときだ。

 彼はベッドの脇に人の気配を感じたのだ。


 それで彼は薄目を開けた。

 すると彼の横には皮でできた茶色のマントを着た変な男が立っていた。

 驚いた彼は飛び起きた。


「だだだ、誰ですか! 人の部屋に、いいい、一体どうやって…」

「心配には及ばぬ。わしはただの魔法使いじや」

「魔法使い?」

「さよう。ちょっとした事情で魔法の世界を追放されてのう。居場所がのうなって困っておったのじや」

「追放って、あなた、何か悪いことでも…」

「何も悪いことをしたわけではない。ただ、マグ…」

「あの、お腹がへったのなら冷蔵庫に、マグロの刺身がはいっていますけど」

「いや、わしは腹なぞ減ってはおらん。で、ええと、何の話じゃったかのう」

「ええと、あなたが魔法の世界を追放…」

「おお、そうじゃそうじゃ。そうじゃった。それで、ただわしが魔法を使わない…、まあ普通の人間どもを、ちょっとばかりからかってしもうたのじゃ。それで魔法の世界を追放されのじゃ」

「そんなことで追放されたりするのですか?」

「まあ、魔法の世界もいろいろあってのう」

「そうだったのですか…」


 彼はこのうさんくさい魔法使いになぜか親近感を覚えた。

 何となく自分の境遇と似ているような気がしたからだ。


「あの、もしかして、さっき、居場所がないと…」

「そうじゃ」

「でも、あなたは魔法使いなんだから、魔法でそれこそ大邸宅でも出して」

「そんなことが出来るならやっておるわい。それが出来んから、こうやっておまえさんのところに来たのではないか」

「じゃ、あなたはどんな魔法が出来るのですか?」


 すると魔法使いは俄然自信ありげにしゃべり始めた。

「えへん。まず、壁を通り抜ける。次に、体を小さくする。それと、金縛りじゃ」

「それだけ?」

「そう申すな。じゃあ聞くが、おまえさんはどんな魔法が出来る?」

「そりゃまあ、なんにも…」

「そうじゃろう。あまり他人をばかにするのは良くない」

「はあ、どうもすみません」

「いやいや、謝るにはおよばぬ。なにせわしはおまえさんにやっかいになろうと言うのじゃからな。ところでじゃ。なにぶんわしは体を小さくできるんで、もしおまえさんのところに居候したとしても、ほとんど場所を取ることはない。ところで一つ聞きたいのじゃが、おまえさん、どうしてあんなにバカでかい、皮で出来た手袋を持っておるんじゃ。おまえさんの手はあんなに大きくはないではないか」

「皮でできた手袋?? ああ、グラブですか。野球の道具ですよ。野球、知らないの?」

「魔法の世界にそんなものはない。まあよい。ところでじゃ。あの、おまえさんのバカでかい手袋の中に、わしを住まわしては、もらえんかのう? 実はわしは皮で出来たものが大好きでな。ちなみにわしのマントも皮製じゃ」

「グラブの中ですか? まあ、あんな狭いところでよければ」

「そうか、それはありがたい。それで、お礼と言っては何じゃが、わしがおまえさんのために魔法を使ってもよいがのう。と言うてもわしの魔法は三つしかない。そのうち二つはわし自身に掛かるものじゃ。「通り抜け」と「体を小さくする」じゃからのう。それで、おまえさんに役立つものと言えば、金縛りだけじゃ」

「金縛りってどんなやつですか」

「だから、普通の金縛りじゃ。これを掛けられた者は身動きが出来んようになる。ただ、わしの魔力は大したことがなくて、だいたい一秒くらいで解けてしまうのじゃ。じゃがたとえ一秒でも相手の動きを止めることが出来れば、結構役に立つことがあるはずじゃ。たとえば戦いのとき、相手の動きを止められるから、たとえ一秒であってもじゃ、その間にこちらから攻撃することもできるし、逃げることもできる」

「なあるほど」

「それとわしの金縛りの魔法は、どうも呪文が少し間違っておるようでな。魔法を掛けられたものは一瞬じゃが健忘になるのじゃ。まあ、一石二鳥と言えなくもないわな。まあよい。とにかくわしの金縛りの魔法の使い道は、おいおい考えるとよかろう。で、もし良かったらじゃ。へへへ。あの手袋に住まわせてもらうが…」

「いいですよ」

「いやあ、かたじけない。なあに、おまえさんに迷惑は掛けん。わしはその中で豆粒のように小さくなっておるから」

「はいはいはい」

「そうか、それはありがたい」


 それから、魔法使いは彼のグラブのところへ歩いて行くと、突然豆粒のように小さくなった。 同時に魔法使いのマントも五ミリ角くらいの大きさになった。


 それから魔法使いはグラブの上にぴょんと飛び乗ると、「通り抜けの術」を使い、グラブの中に入り込んでしまった。


 そして魔法使いのマントだけはグラブの表面にパッチワークのようにくっついていた。

 まあ、皮で出来ていたし、色も似ていたためマントはあまり目立たなかった。


 それからグラブの中から小さな声がした。

「うーん、やっぱり皮はいいもんじゃ。この中には少し細長いが、五つも部屋があるし」

「そうですか、それはよかった。でもひとつだけ問題があるんです。実はこの手袋には、ときどき皮で出来たまあるい球が、ものすごい勢いでぶつかってくるんです」


(だって、プロ野球に使うんだから)

「何、皮で出来た球? それはおもしろそうじゃ。わしは何と言っても皮が大好きなんじゃ。まあよい。わしは疲れた。さっそく眠らせてもらうぞ」


 それからしばらくするとグラブの中からガーピューガーピューと、かわいいいびきが聞こえてきた。

 そして彼は再びベッドへ戻った。


 ベッドの中で彼は、金縛りの魔法の使い道を考えた。

 もちろん野球に使えないか、である。


 彼はピッチャーだ。

 それも結構良い球を投げる。ただ、時々ポカをやるだけである。だがそれが彼にとって致命的だったわけだ。

 反対にそのポカ、つまり失投をカバーできれば良いのではないか…


 彼は考えた。

(たとえ俺が失投してあまい球を投げたとしても、打者がそれを見逃してくれればいいのだ。打者が見逃してくれさえすれば…)


 そのとき彼の頭の中に、何かが閃いた。


 そして結末へ

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