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金縛りと巻き戻し2

 その雑居ビルの三階に男のオフィスがあった。

 彼は男に案内され中へ入った。


 それから男にすすめられ、拾って来た板切れにペットボトルの足を付けたテーブルを前にして、段ボールを補強して作った椅子に腰を下ろした。


 次に男はカップ麺の廃物利用の湯飲みにお茶を入れた。

 それから男はおもむろに名刺を出した。

 これは普通の再生紙で作ってあった。

 それにはこう書いてあった。


 時間巻き戻し装置研究開発

 日向時間研究所所長

 日向時間ひゅうがときま


 その男の名前が「日向さん」というらしいということだけは確からしいが、それ以外は彼にはちんぷんかんぷんだ。


「では早速お見せしましょう」


 それから男は部屋の奥の方へと歩いた。

 棚の上には年代物の白黒テレビや、真空管アンプや、壊れたラジコン飛行機や、手回し計算機など、つまり訳の分からないガラクタのようなものが所狭しと並んでいた。


 男はそれらをかき分け、奥の方に大切そうに置いてある箱から靴の底に敷く匂い消しのような、茶色い何やら平べったい物体を持ってきて、彼の目の前のテーブルにぺタンと置いた。


「これです。これをスパイクの底に敷いて履くのです。これで万事OKです!」

「何ですか、これは? 確かに僕は足がむれて、うっとうしくなることはありますけど、そんなこと試合中は全く関係ありませんよ」

「いや、これは足がむれるのを防ぐためのものではありません。これはタイムマシンです」

「タイムマシン?」

「そうです。タイムマシンです。私か四十年かけて完成した、渾身の力作です。ここまで小型化するのに大変な苦労をしたのです」


 彼はその「靴底型タイムマシン」を恐る恐る手に取ると電灯に透かし、しげしげとそれを見た。

 内部にはたくさんの集積回路や細かな配線のようなものがびっしりと詰まっていた。


「ちょうど足の親指のあたりにスイッチがあるでしょう。それを押してみてください」

「これですか?」

「それです」


 それで彼はそのスイッチを押した。

 突然、彼の体の自由が利かなくなった。

 その直後、男の声が聞こえた。


「イーアッスーアッドゥーウックゥーエッ」ってな具合に、テープを逆回転しているような音だった。


 それから今度は彼の口が勝手に動きだし、やはりテープを逆回転するような音声を発した。

 そしてまた逆回転の男の声。

 それから彼の手が勝手に動き、靴底型タイムマシンを電灯に透かし、しげしげと見た。

 そして彼は恐る恐るそれをテーブルの上に置いた。


 と、突然、彼は元のように自由に動けるようになった。

 それから彼は何となく、あくまでも何となくであるが、その「靴底型タイムマシン」を恐る恐る手に取ると電灯に透かし、しげしげとそれを見た。

 内部にはたくさんの集積回路や細かな配線のようなものがびっしりと詰まっていた。


「ちょうど足の親指のあたりにスイッチがあるでしょう。それを押してみてください」

「これですか?」

「そう。それです」


 それから彼は何となく、そのスイッチを押そうとした。


「ちょっと待った!」

 男は吠えた。


「お分かりですか? あなたは今、この靴底型タイムマシンで、十秒だけ過去へ戻ったのです。十秒だけ過去へ戻り、それからまたその十秒をやりなおしたわけですよ」

「え、そうでしたっけ?」

「今あなたはそれを体験したじゃないですか。これこそが私の開発したタイムマシンの作用なのです」

「そう言えば確かに…」

「で、時間を戻すときに私の声もあなたの声も、テープを逆回転させた時ように、イーアッスーアッ ドゥーウッ クゥーエッ……ってな具合になったじゃないですか。それからあなたはつい今し方経験したことをもう一度経験したでしょう。しげしげと明かりに透かして…」

「ああ、そうでしたそうでした。でも、どうしてはっきり覚えていないんだろう」

「実は、このタイムマシンにはいろいろと不思議なところがありまして、その一つに、作用を受けた人が一時的に軽い健忘にかかる、というのがあるのです。これは私にも理由は分かりません。あるいは宇宙の摂理によるものかも知れない…」

「宇宙の摂理?」

「まあ、難しいことはさておいて。でもタイムマシンが作用するときに、あなたがしっかり注意していれば大丈夫です。健忘になることはありませんから」

「へえ、そうなんですか。ところで、今までどのくらいタイムマシンを研究されてるんですか」


 その質問に、男は待ってましたとばかりに唾を飛ばしながら雄弁にしゃべり始めた。

「実は、私はタイムマシンの研究を始めて、かれこれ四十年になります。今私は四十五歳ですので、研究を始めたのは幼稚園の年長さんの夏休みからです」

「そんなに長いこと。しかも、ずいぶんお若い時から…」

「さよう。最初にタイムマシンらしき物が完成したのは今から二十年前。当時の装置はこの部屋全体を占める程の大きさでした。しかも、たったの一秒だけですよ。過去へ戻れたのは」

「たったの一秒!」

「それから、さかのぼる時間を延ばす研究を続けました。同時に小型化もね」

「それで、こんなに小さく出来たわけですか」

「さよう。小型化は大成功でした。ところが過去へさかのぼる時間の延長だけは、どうしてもうまく行かなかった。私はこの研究を毎日毎日、寝る間も惜しんでがんばってきました。思えば最初の機械の完成から二十年、タイムマシンの研究開始からは、何と四十年! もう、タイムマシン一筋に毎日毎日…」


 男は感極まったのか、ポケットからハムスターの絵のあるハンカチを出してブーと鼻をかんだ。

「失礼。まあとにかくですねえ、たったの十秒しかさかのぼれないのです。残念ながら」

「たったの十秒ねえ」

「実は私は、これで恐竜のいるジュラ紀へ行きたかった。そこから恐竜をつれて帰り、そのことは内緒にしておいて、『バイオテクノロジーの技術を駆使して恐竜を復活させた!』と嘘をつき、そんで広い牧場のようなところで恐竜を飼育し、そこをテーマパークにする。世界中から観光客が来て、私のふところにはががっぽがっぽと…だけどそれも今ははかない夢です。たったの十秒をさかのぼる装置を作るのに四十年もかかったのです。だから私か一生かかって研究したとしても、せいぜい三十秒でしょう。でもまあ、そんなことはどうでもよろしい。私は現実を直視しなければならない。とにかく! この十秒しか戻れないタイムマシンの使い道を考える必要があったのです。何より私か今まで投じた資金の回収も考えなければならないし…」

「へえ、そうなんですか」

「ところで、さっき時間を戻したとき、周囲の景色が何だかビデオテープを巻き戻すような感じになったでしょう。先程も言いましたが、僕の声もあなたの声も、テープを逆回転させた時のように、イーアッ スーアッ ドゥーウッ クゥーエッ……ってな具合に」

「そうでしたねえ」

「通常、タイムマシンで過去や未来に行くときは、一回、四次元的な特別の空間に出て、そこはトンネルのような闇のような不思議な空間なのですが、そこを経て、一発で例えば一億年前へ行けるわけです。ところがこのタイムマシンは、何だかテープを巻き戻すように時間をさかのぼっている。しかもたとえば十秒過去へ行くのに、ばっちり十秒を要している。これじゃ一億年も過去へなんか行けっこない。その前にこちらが化石になってしまう」

「化石に? わっはっは」

「笑わないでください。ともあれ私の開発したタイムマシンは、通常の…通常といっても、ほかにあるかどうか知りませんが、とにかくこれは変なタイムマシンなのです。だからこの機械は一応タイムマシンのはしくれではあるけれど、タイムマシンとは異なった呼び方をしたほうが良いと私は考えました。そこで私はこの機械を『時間巻き戻し装置』と名付けたのです」

「なるほど。それであなたの名刺にあのような…」

「まあ、英語でいえば『タイムリワインダー』」

「はぁ。ところで、未来に行けるタイムマシンは出来ないんですか」

「この『時間巻き戻し装置的未来行きタイムマシン』なら簡単です。あなたはただじっとしていればよろしい。それであなたは一秒につき一秒ずつ未来へ行けます」

「ああ、なるほね」

「で、その使い道の話です」

「そんなしょうもないタイム、じゃない、時間巻き取り…」

「巻き戻しです!  時間を巻き取って、あんた一体どないすんねん」

「ああ、すみません。とにかくその時間巻き戻し装置の使い道なんて、あるんですか? たったの十秒しか戻れないのに…」

「私はその使い道について丸三年考えたのですぞ。そして今日あなたのバッティングを外野スタンドで見て…まあ私はタイムマシンの研究の合間に気分転換に時々球場へ行って野球観戦なんぞをしゃれこむのですが、まあ、それはいいんですが、で、あなたの見事な三振を見てですねえ、そのとき閃いたのですよ」

「私の三振で閃いた?」

「グッドアイディアが浮かんだのですよ」

「一体どういうグッドアイディア?」

「あなたは今日の試合で代打で出場したとき、あの絶好球の三球目を見逃してしまいましたよね。あれを打っていれば…と思うでしょう」

「そりゃもう悔しくて」

「だからこの時間巻き戻し装置なんですよ」

「だから時間巻き戻し装置?」

「十秒だけ過去へ行けるでしょう?」

「十秒だけ過去…、そうか。もう一度同じ球が来る!」

「そのとおり。つまりあなたはすでに球筋もコースも分かっているわけで、これはもうサイン盗みどころの騒ぎじゃありません」

「そりゃ球種、コースすべて分かっていればねえ」

「つまりあなたはこの時間巻き戻し装置をスパイクの底に敷いて代打で登場し、絶好球を待ち、それが来たらいったん見送り、それからすかさず足の親指で巻き戻し装置を作動させる。するとピッチャーはもう一度同じ球を投げてくるわけです。実はこのとき、ピッチャーは軽い健忘にかかっているので、時間を戻されたことなど覚えていないのです。だからあなたは、その絶好球を打てば良いのですよ!」


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