第5話 『火』、あるかも……?
あれから1週間が経った。
最近は、とにかく水魔法を出す練習をしまくってる。
おかげで、水属性の下位魔法はいくつか出せるようになった。
が、ひとつだけ問題がある。
水属性魔法を出すと、尿を漏らしてしまうのだ。それも必ず。
最初は魔法にまだ慣れていないだけで、そんなものなんだろうと思っていた。
だが、違った。
俺の脳内に、【水属性魔法=尿】という謎の方程式が出来上がってしまったせいで、なにをしても必ず漏らしてしまうのだ。
それで、あの、なんとも恥ずかしいのだが……。
俺がお漏らしをして、大変よろこんでいる人が1人だけいる。
「もう、フレアったらまたお漏らしして〜! お身体、キレイキレイしてあげるから、洋服脱いでちょうだーい」
俺の母だ。
生後2ヶ月で俺は歩けた。生後3ヶ月目には、うんちを一人でこなした。そうやって、自分の世話は自分でちゃんとしていた。
それこそ、お漏らしといった幼稚じみたことはしたことがまずない。
だから、フィアナは嬉しいのだろう。
出来すぎる息子を世話してやる日がやっと来たか、と。
でも、たまにはそれもいいかもしれない。
なんたって、まだ5歳なんだもん。
◇
「ハックシュン!」
「あら、風邪ひいちゃったかな?」
風呂に入れてくれているフィアナが心配そうに俺を見つめる。
ちなみに、なぜかフィアナも俺と一緒に浴槽に浸かっている。
「いいえ……平気です」
とは言ったが、正直、風邪をひいても無理はない。
これ、いわゆる水風呂ってやつだからだ。
この世界には水を温める装置もないし、そもそも『火』がないのだから。
「火があれば、風呂もゆっくりできるんですけどね」
とボソッと口にした。
すると、フィアナが、ねぇフレアと呟いた。
「『ヒ』ってなんなの?? このまえも言ってたじゃない」
「なんでもありませんよ、お母さま」
「えー、でも、その『ヒ』ってやつでフレアがお風呂に気持ちよーく入れるんだったら、お母さん知りたいなー」
そう思ってくれるのはありがたいが、説明しろと言われても困るのだ。
『火』という概念が存在しない世界で、『火』を説明することはまず容易じゃない。
サルに大学院レベルの物理学を教えようとするみたいに、そこには大きな知識と経験の差がある。
特にフィアナに教えるとなると……考えるだけで頭痛だ。
だが、フィアナはあきらめずことなく、教えてよオーラを漂わせた顔でずっとこっちをみてくる。
はぁー……めんどい。
ごまかすか。
「えいっ!」
ととっさに、『アクアショット』という水属性の下位魔法をフィアナの顔にかけた。わかりやすく言えば、水鉄砲の要領で。
すると、フィアナの口角があがった。なんだか嬉しそうだ。
「あ〜! やったわね〜フレア!」
うん、よかった、これで彼女の意識は『火』から水遊びに変わったはずだ。
「私もいくわよ〜!」
ノリノリのフィアナは手のひらを俺に向けて、魔法を唱えた。
「『アクアスピア!』」
「え? ちょっ、ま」
ピシュッ――!
勢いよく、鋭い水の矢が向かってきた。
考えなしに、俺はとにかく頭をそらす。
幸い、矢はおれの頬をカスっただけだった。
……当たってたら、危なかったな。
だって、『アクアスピア』だ。水属性の中級魔法だぞ?
下手すりゃ一撃で死んでる。
「あはは! おっかしい!」
と腹をこらえながら、フィアナは笑った。
薄々、気づいてはいたが、彼女、かなりのぶっ飛び具合だ。
自分の息子に中級魔法とは、それはそれはぶっ飛んでやがる。
でも、悪気がないのだろう。
だからこそ、そこまでフィアナを責めることもできない。
「それで……」
「ん?」
フィアナは言った。なんだか嫌な予感がする。
「『ヒ』ってなにかしらー?」
勘弁してくれー……。
とりあえず、適当でもいいからなにか言っておくか。
「えーっと、『火』は暖かいものですよ。水は冷たいけど、火は暖かい。だから、火を使えば、お風呂は暖かいですし、冬も命がけじゃなくなります」
まあ、簡単に説明するとこんな感じか?
フィアナも理解した、と頷いてるが。
「へー! 便利なものなのね!」
「そうですね、便利です」
いや、「便利だった」と言った方が良かったか。
ご存じのとおり、この世界に『火』は存在しない。
フィアナだけじゃない。村の人も、パブレも、だれもそれを知らない。
だから、この世界に便利な『火』は残念ながら存在しな――。
いや、待てよ?
本当は存在してるんじゃないか……?
たしか、『魔法はイメージ』だってパブレが言ってた。魔法の力を引き出すためには、まずその対象を強くイメージすることが大切だって。
だけど、この世界の住人は『火』の概念すら持っていない。
だから、火は存在しない。
……いや、ちょっと違うな。
火は存在する。それもほぼ確実に。
ただ、こいつらが知らないだけだ。 こいつらが火をイメージできていないだけだ。
でも、いるじゃねえか。
たった一人、この世界で『火』を知ってるヤツが。