第7話 シンナーより
目の前にいるご令嬢の後ろに、よく似た金髪の男の子がいるのが見えた。おどおどしており、こちらと目が合うと、すぐに視線をそらしてしまう。なんとなく、小動物みたいで可愛いな。
なんて思っていると、デーボに袖を引かれた。
「頭を下げんか」
「あ、うん」
相手が貴族令嬢ということで、俺は慌てて頭を下げた。
「面を上げてください。そこまでかしこまらなくて結構です」
とサニーという令嬢から言われたので、俺は顔をあげた。こういう時は一度断ってから、もう一度言われて初めて顔をあげるとかどっかで聞いた気もするが、この世界でもそれが一緒かわからない。だから、言われたとおりにした。
「実は、あなた方を護衛として雇いたいのです」
「護衛?それならそこの彼女がいるではないですか」
俺はサクラを見る。すると彼女は首を横に振った。
「先ほどの襲撃で仲間がみんなやられてしまったのだ」
なるほど。地面に転がっている死体は敵のものだけはないということか。それにしても、死体に囲まれて会話をするとか異常だな。海外工場への出張で、乗っていた車がマフィアに襲われた時以来の事態だ。
「次の街まででよいのです。そこでまた冒険者を護衛に雇いますので」
サニーの顔からは必死さが見えた。
はて、この街道はそこまで危険なのだろうか。王都近郊で護衛がいなければならないくらい、頻繁に賊が出現するとか、治安はどうなっているんだ。
「次もまた襲われるということですか?この辺はとても治安が悪いとか?」
俺が質問すると、サニーはちょっと悩む。だが、すぐに理由を話してくれた。
「実は、先ほど襲ってきたのは単なる盗賊ではありません。おそらくは、叔父が手配した裏稼業のやからでしょう。実は、弟であるパサートが死んだ父の後を継ぐことになったのですが、王都で継承の手続きを終えて領地にもどるところなのです。それで、領地に戻って継承の宣言をすれば、正式に弟が子爵となるのです」
「で、叔父さんはそれを阻止したいと」
「はい」
「襲われる原因はわかったけど、それだと領地に戻ってから、爵位を継承したとしても狙われるのでは?」
「いいえ。継承できるのは二親等まで。なので、パサートが子爵になってしまえば、その後殺されたとしても叔父は子爵にはなれません。つまり、襲撃する理由がなくなるのです」
「そういうことですか」
腹いせに殺そうとするのは考えないんですねとは言えなかった。
さて、どうしたものか。思案していると、デーボが声をかけてくる。
「この国には知り合いもなにもおらんのじゃろう。だったら、貴族とつながっておくは得策じゃ。向かう方向にもよるが、街に入るのには金がかかる。なら、護衛としてそれを払ってもらうのもありじゃよ」
「へえ。街に入るのにお金がかかるんだ」
「そうじゃ。農村で食うに困った連中を入れないようにするためにもな。やつら、悪さをするから治安が悪化するんじゃ。まあ、それでもなけなしの金をはたいて、街にはいる奴もおるがの」
移動の自由がないとか、やはり不便な世界だな。そうとなれば、いっそのこと領地までついていってみるのもいいか。
「次の街とは言わず、領地まででも。そのかわり、通行にかかる手数料はそちらで負担していただきたい」
「それはかまいませんが、領地までは徒歩ですと15日くらいかかりますよ」
徒歩15日といえば東海道の日本橋から三条大橋までがそれくらいだと聞いたことがある。どうせ行く当てのない旅だし、王都から遠ざかるのにちょうどいいか。
「じゃあ、その契約を引き受けましょう」
俺がそういうと、サクラがアドバイスをくれる。
「次の街、カンダに到着したらどこかのギルドに所属するといい。そうすれば、身分証明書に使えるギルドカードをもらえる」
「ギルドって何があるの?」
「冒険者ギルド、傭兵ギルド、商人ギルド、工業ギルドだな。海沿いに行けば漁師ギルドがあるが、カンダには海がない」
「複数のギルドに所属してもいいの?」
「会費はかかるが、ダメということはない。それぞれのギルドで特典が違うから、複数所属する者はいる」
「とりあえず、商人ギルドと冒険者ギルドかなあ。まあ、行ってみてだけど」
ということで、護衛の契約が成立して、隣の町を目指すことになった。カンダっていうのか。
「さて、契約が終わったところで、ここの死体を片付けたいのだが」
サクラがこちらを見る。
「埋めるのを手伝えってこと?」
「いや、それでは手間がかかるから燃やす。放置しておくと疫病の原因になったり、アンデッドモンスターになったりするから。ただ、火をつけるにしても人間は簡単に燃えるものではないから、何かないかと思ってな」
「ちょっとまってて」
そういうと、シンナーを購入した。
それを死体にかけていく。
「臭いな。なんだそれは?」
怪訝な顔で訊いてくるサクラ。シンナーを知らないのだろう。ここで一発、『シンナーより緊急連絡』ってぼけをかまそうと思ったが、それが伝わらない可能性が高いので止めた。
「シンナーっていう溶剤。あまりにおいを嗅がない方かいい」
「毒なのか?」
「まあ、吸い過ぎなければ」
以前、換気が悪い場所でシンナーを使っていたら、作業者がらりって踊っていたというのがあった。死ぬようなほどではないが、体に悪いのはたしかだ。あ、シンナーでらりった状態で、盗んだバイクで走り出して死んだ奴が、中学校の同級生でいたな。
教習所でも運転する際には、シンナーや麻薬を使うのはやめましょうと教えられた。吸い過ぎなくとも命に係わるんだよな。
なお、シンナーが良く燃えるのは、塗装工程でボヤが何度もあったので経験済みだ。何度もというあたりで、会社のレベルがお分かりになると思う。そういう会社なんですよ。
とまあ、シンナーの思い出はともかく、死体を次々と燃やして処理を終えたので、俺たちは次の街、カンダを目指して出発することになった。
ナンシーより緊急連絡って前にも書いたな