第56話 見逃し
夜、上手い料理に舌鼓をうち、エレガントなワインでのどを潤す。
「勤労は日々を豊かにし、酒は日曜日を幸福にする」
「勤労もしてないし、日曜日でもないモビ」
感慨にふける俺に対し、アルが水を差した。
「勤労感謝の日にも仕事をしていたのを思い出させるなよ」
一般的に自動車業界では祝日は出勤日となっている。
当然、勤労感謝の日も仕事なのだ。
よく、工場で
「勤労してないから、今日は出勤させられるんだよな」
と冗談を言ったものである。
などということを思い出しながら、しんみりとワインをたしなんでいると、ふとアスカとトモヨのことを思い出した。
もっと他に解決方法があったんじゃないか、あまりにも悲しい結末だったと思うと、目じりに水が溜まってくる。
アルに満たれたらからかわれると思い、そっと人差し指で目じりを拭う。
その時、後ろから思いもよらない人物が声を掛けてきた。
「まるでお通夜みたいな雰囲気じゃない」
ソアラだった。
「お前さんと違って、年がら年中発情しているわけじゃないからの」
デーボが上機嫌でソアラを揶揄う。
ソアラはそれを気にもせず、俺のところにやってきた。
「どうせ、死んだハーフエルフのことを考えていたんでしょう」
「なんでわかるんだよ」
「顔に書いてあるのよ」
「何て?」
「あわよくば、やれたのに……ってね」
下衆な勘繰りを、と言えない。そういった気持ちがあったのだから。
「長年守り続けてきた童貞を捨てるチャンスを失ったモビ」
「えー、マジ童貞。童貞が許されるのは小学生までなのに!」
「今時そんなセリフで煽る奴いないぞ。っていうか、それだったら条例や法律が許さないだろ。未成年との性行為は法律で禁じられているんだぞ」
「親告罪だからいいのよ」
「よくないだろ。っていうか、親告罪じゃねーし」
「うるさいわね、学級委員みたい。童貞のくせに!ドーテー、ドーテー、アラサードーテー」
「般若心経のリズムで貶すな」
今後、葬式でそうとしか聞こえなくなるだろうが。
「『羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提娑婆訶』モビね。羯諦は彼岸に往く者っていう意味モビ。快感から『イク』っていうのと語源は同じモビ」
「ああ、だからいった後を賢者タイムって言うのね」
「そうモビ」
ソアラとアルの会話に頭が痛くなる。
この時、俺の頭の中からはアスカとトモヨはすっかりと消えていた。
「だいたい、なんでアルがイクの語源を知っているんだよ」
「アダルト雑誌で知ったモビ。昔のアダルト雑誌には余白の部分に豆知識が載っていたモビ」
「ああ、そんなのもあったわね」
「何でソアラも知っているんだよ。俺が知らないんだぞ」
「しょ、小学生のころ道に落ちているのを読んだのよ!」
慌てて否定するソアラ。
怪しいな。小学生の時に読んだっていっても、時代に隔たりがあり過ぎるだろ。
俺が疑いの目を向けると、ソアラはプイっと明後日の方向を向いた。
その時である、モンスターの襲来を告げる鐘が、けたたましく鳴らされた。
「モンスターね」
サクラがおっとり刀で駆けだす。
俺たちも慌てて後を追った。
しばらくすると、ソアラの随行員たちに遭遇した。
「聖女様、ヴァンパイアが出たそうです」
「ヴァンパイアですって!?」
「はい。外壁を飛行により飛び越え、街の中に侵入。守備隊との交戦を避けて、何かを探しているようです」
そうか、この世界にはヴァンパイアがいるのか。やはり、太陽の光が弱点だったりするのかな?
俺はその疑問をアルにぶつけた。
「なあ、ヴァンパイアの弱点ってなんだ?」
「太陽光、聖水、銀製品、おろしにんにくモビ」
「にんにくはおろしにんにくだけなのか?」
「そうモビ。生で食べると下痢するモビ。火を通せば効き目はなくなるモビ」
「それはヴァンパイアじゃなくてもそうだぞ」
ラーメンにおろしにんにくを入れると美味しいのだが、食べた数時間後に大後悔するんだよな。
それにしても、ヴァンパイアにおろしにんにくを食べさせて、下痢にしたところで、その脅威は変らないと思うが。
「三日間、トイレから出られなくなるモビ」
「微妙な攻撃だな。夜だらか太陽光は無理として、聖水ならソアラが――――」
俺はソアラを見た。
「そんなマニアックなプレイはごめんよ」
「どうしても下ネタにしたいのかよ」
「どのみち聖水はないけどね」
「普通にそう言え!」
街の人たちが逃げ回る中、くだらない冗談を言っている場合じゃないというのに。
そんな感じで時間を無駄に過ごしていると、目の前にヴァンパイアがやってきた。
月明かりに照らされたやつは、貴族っぽい服装に、青白い顔をしていた。
奴はソアラを指さす。
「この街にいる聖女を殺しにきた」
なんだ、狙いは聖女か。それなら俺たちは無関係ってことでいいよな?
「おい、じゃあ俺たちは見逃せ」
俺は交渉してみた。
「駄目だ。目撃者は全て殺す!」
「殺人犯みたいな理屈だな。見逃さないというのなら、俺はお前を倒す」
俺がそう言ったのだが、動いたのはサクラだった。
月明かりを受けた剣が、銀色の残像をつくってヴァンパイアに突き刺さる。
「手ごたえ無し……か」
サクラは舌打ちして距離を取る。
「俺に任せておけって。あいつをすぐに倒してやる」
「不死の俺をか?」
ヴァンパイアは不敵に笑ったが、俺にはこいつを倒すための秘策が思いついていた。
今からそれを実行する。
「なあ、知っているか?月は自ら光っているんじゃない。あれは太陽光を反射しているだけなんだ」
「なんだと!?」
「つまり、お前は今、弱点である太陽の光を浴びているということなんだ!」
「な、なんだってー、モビ」
アルがミステリー、リポート的なリアクションをする。
そして、見る見るうちにヴァンパイアの体は灰になってしまった。
「不良にまつわるエトセトラの一つ、『見逃しOK』の前には、不死のヴァンパイアですらこの通り」
「見逃しOK?」
デーボ、サクラ、ソアラの声がハモる。
俺は彼らにそれを説明する。
「気がつけば問題だが、見逃しているうちは問題にならないってやつだ。月の光は太陽光を反射したものだが、それに気付かないうちはヴァンパイアも平気だった。だが、気付いたとたんに灰になったというわけさ」
「つまり、冷凍牛肉コロッケに豚肉や鶏肉が混入していても、そうと気が付かないうちは牛肉コロッケとして美味しく食べられるということモビ。保健所も学校給食センターも、報道機関も黙殺すれば、何の問題もないモビ。半額セールで喜ぶ消費者にも問題があるモビ。内部告発は誰も幸せにならないモビ。夢も、希望も、ミートも、ホープもないモビ」
「何の話だよ……」
ミートとホープはどっから出てきた。
冷凍牛肉コロッケとか、例に出すなよ。
「これでも気をつかっているモビ。じゃあ、アルトの会社の性能信頼性評価試験で――――」
「ミートとホープでいいです……」
たとえ話って大切だね。
そんな俺とアルの会話だったが、他のメンバーたちには見逃しOKが伝わったようだ。
ソアラが人差し指を立てて、どや顔になる。
「つまり、確認するまでは不良かどうかわからないってことね。パブロフの犬ってことでしょ」
「パブロフの兎モビ」
「いや、シュレーディンガーの猫だろ……。っていうか、『超兄貴』の漫画を読んでいないとわからないボケじゃねーか」
「相変わらず前提知識が難しいモビ」
そんな会話をしていると、ヴァンパイアだった灰が風に流されていった。
これで終わりだな。
「日光も月光も同じものだって、言われなければわからないだろ?」
俺はそう締めくくった。
「月の光はげっこうって読むのよ。がっこうは菩薩に対しての読み方。月光仮面ががっこうかめんだったら、けっこう仮面はかっこう仮面よ」
「托卵モビ、N・T・R!N・T・R!」
「どっちにしても下になるのは確定じゃねーか」
「他にかっこうで何があるっていうモビ」
「カッコーの巣の上でとかあるわね」
「ジャック・ニコルソン、モビ。ロボトミー手術を扱った、アメリカンニューシネマモビ」
「70年代の映画の話もよく出るね……」
エックスこと旧ツイッターで、「なろう小説」の多くは、『ロードス島戦記』の面白さより、『ロードス島戦記RPGリプレイ』の面白さを目指しているっていうのを見かけましたが、まあ、そんなノリですね。
TRPGやっていると、脱線ばかりします。




