第47話 襲撃
サンデー伯爵襲撃の計画が出来たということで、夜、俺達はフローリアンに呼ばれていた。
そこには他のエルフたちもいて、皆フローリアンから説明を受ける事になっているのだ。
ただ、そこにはアスカとトモヨはいない。彼女たちは家で留守番だ。今回の作戦には参加する予定なのだが、アスカが熱を出してしまって、トモヨがそれを看病しているのだ。
「明日、反体制派と森の中で合流します。そして、夜陰に乗じて数日かけて移動して、街に潜入します。秘密の入り口がありますので、そこから入れば衛兵に気づかれることもありません。そして、素早く伯爵の邸宅に移動して攻撃をします」
「それはいいが、街の中で結局正面から戦うことには変わりないんじゃないか?人数もそんなに多くないんだろう」
俺はフローリアンの作戦が雑だと感じていた。移動はいいが、伯爵の邸宅を攻撃するのであれば、そこの守備兵と正面から戦うことになるはずだ。
俺に言われてフローリアンの表情が曇る。
「反体制派の一部が、我々の潜入と同時に伯爵の邸宅の一部に火を放ちます。火事で警備が手薄になったところを狙えば」
「その放火が小火ですめばいいが、大火となったらどうする?罪のない街の人達が大勢焼け死ぬぞ」
表情が曇ったのはこの放火の作戦が原因のようだ。
小火であれば直ぐに消火されてしまう。警備兵を引き付けるためには、それなりの燃え方をしてもらう必要がある。
しかし、となると消火が容易ではないため、延焼類焼がおきることもあるだろう。無辜の住民を巻き込むのは感心しない。
が、エルフ達の反応は違った。
「やはり、人は人の味方か」
「我らは存亡の危機。人の命にかまってはおれん」
などと、敵意むき出しで突っかかってくる。お前ら、今から一緒に戦おうって仲間に対して、その扱いはどうなんだ?
というか、仲間だとは思っていないのか。
俺がイラッときているのに気が付いたフローリアンが、エルフたちを鎮める。
「落ち着きなさい。人であれば誰彼構わず殺してよいなどというのは、魔王軍と同じ思考です。被害を拡大させないためにも、素早く伯爵を倒して、アルトに雨を魔法で降らせてもらい消火しましょう」
フローリアンはちらりとこちらを見た。
俺達を全力で働かせるためには良いアイデアだな。住民に被害を出したくない俺としては、伯爵を瞬殺しなければならなくなった。
まあ、アルがいれば可能だとは思うが。
それと、俺はもう一つ気になることがあって、それをフローリアンに訊ねる。
「で、伯爵を倒して終わりってことはないだろう。今まで連れ去られた仲間たちはどうするんだ?」
「それについては、反体制派が領地経営を始めたら、奴隷商人たちに売り先を確認することになっております。彼らとて違法な商売をしていたということで、罰は免れないでしょう。そこに、減刑を条件として売り先を白状させるのです」
「そうか。うまくいくといいな」
正直、売られたエルフ達が今も五体満足だとは思っていない。購入するのは変態貴族と相場が決まっているので、それはそれは酷い扱いを受けていることだろう。
連れ去られてから時間が経っている者たちが、戻ってこられるかどうかはわからない。ただ、フローリアンが言ったことくらいしか、調べる手立てがないのだろう。
その後は、反体制派との連絡の符牒だったり、戦闘の班分けをしたりとなった。
そんなことをしていると、外から激しい鐘の音が聞こえてくる。
「何事だ?」
「里に魔物が迫ってきた時の合図です」
と、フローリアンが教えてくれる。
俺達は慌てて外に出る。アルが巨大化してくれて、サクラとデーボと一緒にその背中に乗った。
アルはそれを確認するとジャンプして、里を囲む壁の上に立った。細い丸太の上なので、落ちないか不安である。これが猫なら信用できるのだが、なにせ兎だからな。
しかし、アルはふらつくこともなく、壁の上から俺達に外を見せてくれた。
森の木々の間から、多数の真っ赤な光が見える。
「森の虫たちが怒りに満ちているモビ」
「うだつが上がらねえ平民出にやっと巡ってきた幸運はどこ?」
「ここに無いのだけは確かモビ」
「狸め」
「兎モビ」
「ちょっと、まじめにやりなさいよ」
サクラに怒られた。
しかし、ふざけてでもいないと気が滅入る。何せ迫ってくるやつらの数が尋常じゃないのだ。
「っていうか、なんであいつら今更ここに向かっているんだ?」
「誰かが誘導しているようじゃの」
「確か、虫を操る魔道具が、古代魔法王国時代につくられていたモビ。それでフォルテキアとかいう都市が滅んだモビ」
フォルテキアなら、滅ぼすほうっぽい名前なんだがな。いや、脱線だな。
「つまり、アレを操っているやつがいて、それを探さないといけないのか」
「もしくは、虫を全て薙ぎ払えばいいモビ」
「それができれば苦労しないぞ」
「まあ、アルも二発目を撃ったら終わりモビ」
そんな簡単にアルミラージを倒せるなら、今ここで二発撃ってもらいたい。何を撃つのかはしらんが。
「アルの攻撃は凄いモビ。500年前に滅ぼした国は七日間燃え続けて、火の七日間って言われているモビ」
「そういえばそんな伝説もあったのう」
アルの言葉にデーボが頷く。
なんて危険な兎だ。改めてやばいと認識する。
「俺のひの七日間なんてどうってことないな」
「なにそれモビ?」
「とある商用車メーカーの工場で、選別と対策を七日間やったっていうことなんだが」
「どこの工場モビ?」
「古河の町で直した」
※フィクションです。実際は新田です。それもフィクションですが。
「馬鹿な事言ってないで。どんどん迫ってきているわよ」
サクラに怒られたので真面目にやるか。
「アル、どれくらいやれる?」
「時間をもらえれば全部モビ」
「じゃあ、俺は里に侵入させないようにしておけばいいか」
俺がディフェンスでアルがアタックだ。
「いでよ、悠久の時の中で作られし巨巌」
などと言ってみるが、なんのことはない。ネットストアで購入した花崗岩の定盤を、壁の外側に積み上げる。
そして、アルとともにそちらに移った。
「ちょっと暗いわね」
「ドワーフなら夜目がきくんじゃがな」
「暗い坑道が住処のドワーフと一緒にしないでよ」
サクラと俺は人なので、夜の闇の中では十分に見えない。しかし、アルとデーボはそれがない。
当然、虫たちも見えているのだろう。
何か、こういう時に使える不良は無かっただろうかと記憶の海に潜る。
「あ、あった」
俺は思い当たる不良があり、スキルを使う。
【光量不足】
スキルを使うと、周囲が500ルクスの明るさに包まれる。俺の測定スキルで測定した明るさなので、間違いない。
何故これが不良にまつわるエトセトラかというと、本来1000ルクス以上と規定されている外観検査の作業場で、経営者の合理化の号令により、明るさを大幅に減らしていたことで、小さな瑕を見逃してしまったというのがあったからだ。
500ルクスといえば、一般的な蛍光灯の明るさ程度であり、一見傷が見えそうなものであるが、細かな傷は見えないのである。
そんな明かりではあるが、先ほど言ったように蛍光灯の明るさ程度なので、周囲の虫を見るくらいは問題ない。
「あんたって、本当に無茶苦茶よね。雨を降らせたり、周囲を昼のように明るくしたり。創造神だって言われても信じるかもしれないわね」
あきれ顔でサクラが俺を見る。
「神様だったら、スキルを使うたびに過去の嫌な記憶と戦う事もないけどな」
俺は苦笑いした。
スキルは全部俺の過去の嫌な経験の上に成り立っている。涙の数だけ強くなったんですよ。
「まあ、これで私も戦えるようになったんだけどね」
あきれ顔から直ぐにきりっとした目つきに変わる。
この時、俺はふと気づいた。エルフたちは後ろから俺達をみているだけで、前に出てきて戦おうという者がない。
「こういう時は、どうかご無事でお戻りください。このご恩は一生忘れませんっていう美少女がいてもいいんじゃないかな」
「カミノストロ公爵の城はもっと遠くにあるモビ」
「カレンだとか、スープラだとか言いたかったんだけどなあ。おっぱじめようぜ」
「モビ」
エルフ達に期待しても仕方がない。俺達だけでやろうと決めた。アルは巨大化したというか、本来の姿のままで森の中へと駆け出す。サクラがそれに続いた。
その後ろ姿を見ながら、デーボがポツリと呟く。
「なんと気持ちのいい連中じゃろう」
「いや、デーボにそんな役目は求めてないからね」
俺がそういうと、デーボは不思議そうにこちらを見た。
わかって言っていたわけじゃないのか?
戦いが始まってしばらくすると、虫たちが定盤のところまで到達してきた。流石に数が多く、二人では倒しきれていないようだ。
「こいつら抜けてきたか。マグネシウム達、一番熱量の高い虫だ。当たれえええ」
【マグネシウム爆発】
マグネシウム爆発が虫たちを焼く。
「今の台詞必要なんかの?」
「詠唱だと思ってください……」
デーボに訊かれて恥ずかしさが湧いてくる。学校の階段でダーク・シュナイダーの魔法の詠唱を、同級生の女子に聞かれた時以来の恥ずかしさだ。
中二病、未だに完治せず。死にたい。
そんなことがありつつも、俺達は虫を里に入れることなく防いでいた。
圧倒的ではないか、我が軍はなどと俺が思ったのがフラグだったのか、後ろで爆発音がした。
エルフの里で紅蓮の炎があがる。場所は俺達が宿泊している建物。
今はアスカとトモヨがいるはずの場所だった。
ゴールデンウイークは11連休で、休み明け会社に行きたくなくなる。