第46話 アーキュラ少佐
「あなたたち、本当に強いのね。大森林を抜けていくって聞いた時は、頭がおかしいんじゃないかっておもったけど、ジャイアントカガをこうもあっさり倒す実力を持っているのなら、それも納得だわ」
アスカは褒めているのかけなしているのかわからない評価をしてきた。しかし、言われてみればこんな大蛇がいるようなところを突破しようなんて、普通は考えないよな。アルがいけると言ったからこのルートをえらんではみたが、事前にここの生態系を知っていたら、別のルートにしていたと思う。
「あの、ありがとうございました」
トモヨが改めて俺に礼を言ってくる。
「それほどのことでも」
「いいえ。凶悪な毒を持つジャイアントカガを素手で叩いてくださるなんて」
「えっ?」
と思わず驚きたかったが、それをすんでのところで吞み込んだ。
なんと、あの蛇は毒を持っているのか。知っていたら素手で叩いたりはしなかったぞ。知らぬとは恐ろしいな。
まあ、そんなことはおくびにも出さないようにするが。カッコ悪いところは見せたくないからな。
「貴女の身に危険が迫ったからやったまでのこと」
「まあ」
トモヨの頬がリンゴのように赤く染まる。
りんご病か?
「そんなわけないモビ」
「人の心を読まないでください」
俺はアルをペシっと叩いた。
この兎は。
俺とアルが戯れていると、デーボが真剣な顔で口を開いた。
「里の近くにこんな凶悪なモンスターが出るもんかのう?」
その質問にアスカが頭を振った。
「今までこんなことは無かったです。何かの餌を追ってきたのか、それとも森の奥の方から追い出されたのか」
「前者ならまだええが、後者はまずいのう。ジャイアントカガが追い出されるほどの奴がおるっちゅうことじゃから」
「勘弁してほしいなあ」
俺は困って後頭部を掻いた。
アルがいれば何とかなるとは思うが、遭遇したくはない。
というところで、森の案内を切り上げることにした。彼女たちをこれ以上危険に晒したくはないからである。
その後、里で過ごすことになるが、フローリアンは忙しそうに外部と連絡を取り合っていた。反サンデー伯爵勢力と連携して、一気に攻めるための段取りをしているというのである。
俺達はその計画が出来上がるまでは暇で、サクラがアスカとトモヨに化粧品の使い方を教えていた。
他の女性たちは俺達を異質なものとして見ているようで、その輪に加わることは無かった。
*
アルトたちがエルフの里で過ごしているとき、サンデー伯爵の方も動いていた。
彼は自分の邸宅でクレスタと向かい合って話している。
「ボウイ、お前が逃げるとはな」
伯爵はクレスタを鼻で笑う。普段態度のでかい殺し屋が、敵に襲われて尻尾を巻いて逃げ出したことで、溜飲が下がったのだ。
ボウイは犯罪ギルドで嫌われているのである。
「なんとでも言うがいい。俺はエルフどもを狩る準備しかしていなかったのだ。想定外の事が起きたら安全を優先するのは当然だ。それに、貴様の要求もエルフの奴隷狩りの手伝いということであったろう。アルミラージと召喚者の相手は契約外だ」
クレスタは不機嫌そうにこたえた。
そして続ける。
「それで、あいつらはどうするのだ?エルフどもに協力するとなると厄介だぞ」
「それについては既に手は打ってある。俺に逆らう馬鹿どもと一緒に葬ってやるさ」
「大した自信だな。しかし、お前は奴の事をわかっちゃいない」
クレスタが言う奴とはアルトのことである。
実際に戦ったことのないサンデー伯爵は、アルトの実力を過小評価していると思えた。ただ、そこには侮蔑の感情が隠さずにトッピングされている。
当然、サンデー伯爵もそれに気が付く。
「俺は貴様のように尻尾を巻いて逃げたりはしないぞ」
そう言うと、呼び鈴を鳴らした。
直ぐに一人の女性の軍人が入ってくる。
赤毛を短く刈っており、見えている肌には、顔を含めていくつもの傷があった。それがいくつもの戦場を生き抜いてきたことを物語っている。
「およびでしょうか?」
女性の軍人は敬礼した。
「うむ。アーキュラ少佐、命令だ。直ぐにエルフの里に対し攻撃をせよ。準備は出来ているのであろう?」
「勿論であります」
アーキュラと呼ばれた少佐は真っ赤な唇の端を吊り上げた。
それを見たクレスタはフフフと笑った。
「何やら策を弄しているようだが、はたしてそれが通用するかな?」
「まあ見ているがいいさ」
サンデー伯爵はクレスタに笑われたことでむすっとなる。
犯罪ギルドでは仲間意識というものは希薄であり、お互いが利益のために同じギルドに所属している程度のものである。
仕事上での衝突を避けられればよいので、ギルドの他のメンバーが失敗しようが構わないし、なんならその利権をかっさらうくらいのことはする。
クレスタなどは、同じ犯罪ギルドのメンバーを何人も殺しており、その考えが如実に現れていた。
だから、今は自分を馬鹿にしたサンデー伯爵が失敗すればいいと思っているのである。サンデー伯爵もそれがわかっており、だから機嫌が悪くなるのだ。
「いいか、ボウイ。俺はこの奴隷売買で得た利益で犯罪ギルドでのし上がる。俺が大幹部になった時に、貴様が頭を下げても許さないってことだけは覚えておけ」
サンデー伯爵は凄んで見せた。
だが、それはクレスタには通用しない。
「棺桶のサイズを測っておくことだな。俺を脅してまだ土の上にいる奴はいない」
そう言うと、クレスタは素早くナイフを抜いて、サンデー伯爵の方へと投げた。
ナイフはサンデー伯爵の頬のすぐ脇を抜け、壁に突き刺さる。その刃先には一匹のハエが刺さっていた。
クレスタはそれ以上は言わなかったが、これはお前もハエと同じ運命をたどるという警告であった。そして、クレスタは部屋を出ていく。
それを見送ったアーキュラ少佐がサンデー伯爵にうかがう。
「あいつを始末いたしましょうか?」
「今はいい。奴とてギルドの実力者。エルフの里侵攻前だ。僅かでも手勢が減るのは避けたい。しかし、それが終われば――――」
「承知いたしました」
アーキュラ少佐は頭を下げると、作戦実行のため退室した。