第45話 カガ
外はまだ雨が降っているので、俺たちは室内にいた。
そこでは、サクラが俺から購入した化粧品の使い方をアスカとトモヨに説明していた。女子は本当にこういうのが好きだなと、ほほえましく見ている。
すると、アルが寄ってきた。
「あの輪に加わらなくていいモビ?」
「俺に化粧品はわからんよ」
「そういうことを言っていると、チャンスを逃すモビ」
「俺たちはここにずっといるわけじゃない。だから、彼女たちとどうこうなるのはまずいだろう」
俺はそう言ったが、それは自分への言い訳だ。サニーのことがあったので、女性のことを好きになるのが怖いのだ。失恋を乗り越えるのは新たな恋というが、どうもそういう気分にはならない。
「アスカっていう名前に嫌な思い出でもあるモビ?」
「んー。それはな――――」
無いと言おうとして思い出したことがあった。
南東北の群馬県にあるとある自動車メーカーの工場に、不良の選別で呼び出されて、こってり絞られああとで、工場の近くにあったアスカというパチンコ店に入って遊んだところ、すぐに4万円のまれたという最悪の思い出が。
会社に戻ってから、不良を出した部署にいつもよりきつく当たったのは、4万円分が上乗せされていたのは秘密だ。
いや、それは人名じゃないか。
「やっぱり無いな」
「そうせかすもんじゃないわい。時間が解決してくれることもあるからのう」
デーボが俺の味方をしてくれる。
その言葉の裏に、デーボの経験もあるのだろう。それを聞いてみたいが、それも野暮か。
男と牡でそんな会話をしていると、アスカとトモヨがこちらを見てきた。期待のこもったまなざしだ。
「アルト、私たちにも売ってもらえるのですか?」
アスカが訊いてくる。
「勿論だ。俺は商人だからな」
「やったー。あ、でもお金が無いわ。ここではお金が必要ないから」
金が無いのを思い出して、アスカがしゅんとなる。
それがあまりにも可哀想に見えたので、俺は提案した。
「明日、この大森林を案内してくれないか。そうすればガイド料を払おう。どうかな?」
「わかったわ」
提案を聞いて、アスカが途端に元気になる。
トモヨの顔にも明るさが見えた。
「この森を抜けるのに、事前に情報があった方がいいからな」
「それもそうね」
とサクラも同意してくれた。
彼女にしてみれば、化粧品の使い方を教えたはいいが、その化粧品が買えないのでは、アスカたちが可哀想だと思っていただろうし、俺の提案に救われたというのがあるだろう。
そして翌日、長老に許可をもらって俺たちは大森林を案内してもらうことになった。
先頭を歩くのは、アスカ。そのすぐ後ろにはサクラが続く。俺たちはもう少し後ろだ。
不意に野生生物に遭遇した場合を考えての配置である。
俺の隣のトモヨは少し不安そうだ。
「何か不安でもあるのか?」
「最近、人が森に入ってきたせいで、動物たちの居場所が変わってしまったんです」
「ああ、カイザーヤンマが森の浅いところにいたのもそのせいか」
「はい。本来凶暴な種は奥の方にいるのですが、それがこの辺にも来ていて遭遇したらと思うと」
「まあ、その時は俺たちがなんとかするよ。なに、アルは今はこんな格好だが、本来の姿は巨大なアルミラージだ。何が来ても大丈夫だよ」
アルは普段からは想像できないが、災害級もモンスターであるアルミラージだ。国を亡ぼすような力を持っているので、用心棒であれば心強い。
「エンシェントドラゴンくらいなら、指先ひとつでダウンモビ!」
「そんな兎の指で、ひとつだけを当てるのは難しいだろ」
「モビ」
俺とアルのやり取りをみて、トモヨが笑った。
その仕草がすごく可愛くて、自制している気持ちが薄れてしまう。が、俺たちは直ぐにここを離れる身。告白して断られるのもつらいが、相思相愛となっても一緒には居られないだろう。追われる身の俺についてきてくれとも言いづらい。
俺が悩んでいると、先頭を行くアスカが何かに気づいた。
「止まって。ジャイアントエイプよ」
「ジャイアントエイプ、モビ!?」
アスカが見つけたのはジャイアントエイプというものらしい。それを聞いたアルが驚く。
「知っているのか、アル」
「勿論モビ。幻のサルと言われている大型のサルモビ。ゴリラの神さまから加護されたサルモビ。加護されたといっても、アベしちゃおうとは意味が違うモビ。それに出会えるなんて、ある意味幸運モビ。遊民ミーツジャイアントエイプ」
「朝昼嘘を言っていて心が痛まないのか?それと、遊民なのはアルだけだろう。俺たちはみんな職業を持っている」
いつもながら、アルの説明は信用できない。が、否定する材料もないんだが。
そして、先の方を見れば、ゴリラっぽいのが数頭見えた。黒い毛で覆われているので、本当にゴリラだな。それと小さいのがいるから、家族だろうか。
「危険なのか?」
「力は人間の何倍も強いモビ。でも、大人しい性格だから、近づかなければ大丈夫モビ」
「なるほど。じゃあ、遭遇したら距離を取ればいいんだな」
「はい」
とアルの代わりにトモヨが頷いた。
「やはり案内してもらって正解だな。森での注意点を一つ知ることが出来た」
俺がそういうと、トモヨははにかんだ笑顔になる。その時に出来たえくぼがまた可愛い。
「アバターもえくぼ。恋の始まりの予感モビ」
「痘痕も靨じゃなくて、アバターかよ」
「自分の分身をつくるアバターっていう魔法が有るモビ。恋をすると、その魔法を使った分身にえくぼをつくって、かわいらしさをあざとくアピールするようになるっていう、古代魔法王国時代のことわざモビ」
「微妙に意味が似ているんだな。っていうか、あざとくは余計だろ」
あざといのは小さくなって可愛らしさをアピールしているおまえだろ。
アルと会話をしながらも、周囲の警戒を怠らなかった結果、木の上からトモヨの上に降ってくる黒い塊を見つけることが出来た。
「危ない!」
「きゃあ」
俺がとっさに手を出し、トモヨが短い悲鳴を上げる。
落下してくるその横っ面をはたいてやったのは、黒い蛇だった。
「ジャイアントカガの子供モビ」
「言われてみれば、ジャイアントカガっぽいのう」
アルが蛇を前足で押さえつけ、それをデーボが観察する。
「蛇のことをカガって言うのか?」
「そうモビ。カガは子だくさんで、カガ百万匹なんて言われているモビ」
「昔から子孫繁栄の象徴になっておるぞい」
アルだけなら嘘くさいが、デーボが言うなら本当なのかな。
「でも、子供がいるっていうことは――――」
サクラが周囲を見回す。
すると、藪の向こうからガサガサという音が聞こえた。
そして、巨大な蛇が登場する。
「でかっ!!!」
それはあまりにも巨大な黒い塊だった。
全長10メートルはあろうかという蛇が、口をあけてこちらに向かってくる。
サクラがとっさにアスカを突き飛ばす。それにより、アスカは蛇の進行方向からそれたが、サクラはそこに残ったままだ。
「サクラ!くそっ、間に合え!!」
俺はネットストアで巨大な花崗岩でできた定盤を購入し、ジャイアントカガの開いた口の中へと出現させる。
突如出現した重りにより、ジャイアントカガの突進が止まる。苦しさからか、尻尾を激しく振って暴れて、周囲の木々をなぎ倒す。
「サクラ、逃げろ」
「いいえ、やれるわ」
俺が逃げろと言ったが、サクラは剣を抜いて戦う姿勢を見せた。
「とっておきの技を見せてあげる。秘儀『桜花一一の型』」
サクラは大地を蹴ってジャイアントカガへと接近する。次の瞬間、銀色の蛇が黒いジャイアントカガに噛みついた。勿論、そんな蛇などいるわけではなく、剣の残像がそう見えたのだ。
そして、ジャイアントカガは首を切断された。ただし、これも変温動物なのか、頭も胴体も別々になったのにまだ動いている。
返り血で真っ赤に染まったサクラが、こちらを見てにっこりと笑う。ちょっと怖い。
「どう?これならこの大森林も問題なく抜けていけると思うの」
「そ、そうだな……」
肯定以外は命の危険があるような気がしたので、余計な事は言わずに頷いた。