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第41話 慶事物語

 一騎討ちが終了したのち、サニーの婚約者が登場してから、色々あって俺はサンタナ領の酒場にいる。一緒にいるメンツはアル、サクラ、デーボ、それと聖女だ。

 聖女はローゼンリッターやエスコートといった護衛は付けず、また、もう一人の召喚者も連れてきていない。

 ここでは未成年の飲酒が禁じられているわけではないので、俺も聖女も酒を飲んでいる。それに、この国では十五歳で成人となるので、未成年は誰もいないのだ。

 酒を飲んでやや赤ら顔の聖女が俺の隣に座り、ゲラゲラと笑いながら俺の背中を叩いてくる。


「あんた、あの姉の事好きだったんでしょ。それで今まで一生懸命やってきたっていうのに、最後の最後で婚約者が登場ですものね。一緒に食事をする約束をキャンセルして、ここで飲んでるなんて笑えるじゃない。その考えが童貞くさくていいわ。NTRとかする度胸もないんでしょ」

「倫理観の問題だ。童貞とか関係ない!」


 童貞を指摘されて、俺はそうではないと言い返した。NTRとか作品の中だけの話で、誰かの妻や恋人、婚約者を奪うようなことは、実際にはダメだろう。

 まあ、友人でそういうことをやった結果、今とても気まずくなった例もあるのだが。恋愛相談を持ち掛けたら、そのまま男女の仲になって略奪婚。それが学校の教師だったために、県の教師の集まりでは、同期の連中がどっちにつくかで気をつかうという二次被害が出ている。教師たるもの、下半身には高い理性が求められると思うんだ。

 脱線した。


「で、ここの領を私がもらってもいいのかしら?」


 悪い笑顔で聖女が訊いてくる。


「それはダメだ。俺の感情と護衛は別だ。お前らの悪のたくらみなど、俺のいわやまりょうざんぱーで粉砕してやるからな」

「そうやって諧謔に頼る。それってラプやんのネタよね」

「なんだよラプやんって。タイプミスみたいな言い間違――――」


 言い間違いと言おうとして、ハタと気づいた。

 これはもしや。


「それは釘師サブやんに出てくるパチンコ店オーナーの林大明か」


 牛次郎原作、漫画ビッグ錠の名作漫画だ。そこに出てくる独特な日本語をしゃべるのが、中国人オーナーの林大明である。ばびぶべぼがぱぴぷぺぽになっているのが特徴である。


「ご名答。よく知っていたわね。自称漫画に詳しいっていうやからと話しても、誰も知らなかったのに」

「そりゃそうだろう。釘師サブやんを読んだことがある平成生まれが何人いると思っているんだ」


 絶対に19歳じゃないだろう。


「どうかしらね。漫画アプリでも読めるのよ。それに、釘師という特殊な職業で、ライバルたちが使う必殺技に対抗していくなんてストーリーを50年以上前に確立していたのよ。今のネット小説のマイナーな職業の転生なんかより、ずっと昔にね」

「いや、面白いのは納得なんだが、会話の前提になる知識が『北斗の拳』『ラブやん』『釘師サブやん』ってどうなんだ?日本全国でこの会話が出来るのが何人いると思っているんだ?」


 作品名を説明しても、あああれねってならないこと間違いなしだ。俺の周りでも釘師サブやんを読んだことあるやつは同世代ではいなかったぞ。


「これでも我慢しているのよ。漫画アプリで読めない漫画の話はしていないんだから」

「例えば?」

「阿佐田哲也原作『ギャンブラーの詩』とか」

「読んだことないだろ!絶対に!」

「あるわよ」

「証拠は?」

「あんた、この後も旅を続けるんでしょ。この国を出て」

「そうだ」

「旅に出るってやつは素寒貧にして追い出すのがここのルールよ」

「それってもしや?」

「そう。あんたの死に際のセリフは『朝日が眩しいぜ』ってしてやるわ」

「疑ってすいませんでした」


 この女、本当に何歳だよ。

 それにしても、少々飲み過ぎたようだ。酔っ払っているのが自分でもわかる。


「飲み過ぎた。チェイサーが欲しいな」

「なによ、目の前にソアラがいるのに、チェイサーだなんて」

「いや、そんな80年代のナンパ車の話じゃなくて、悪酔いしないための水が欲しいってことなんだが」


 そんな会話をしていると、水が運ばれてきたので飲む。


「不味い」

「そりゃそうよ。こんなところの水をよく飲めるわね。お腹を壊すわよ」

「それもそうか」


 ここには水道なんてない。井戸水ならまだしも、表流水の可能性が高い。そうなると、味には期待できないし、衛生的にも問題がある。

 追加でネットストアでペットボトル入りの天然水を購入して、それを飲んだ。

 それを見た聖女が目を丸くする。


「なにそれ、どこから出したの?」

「出したというか、購入だな。俺のスキルである程度のものは購入できる」

「ひょっとして、化粧品とかも?」

「まあそれなりにな」

「ちょっと、欲しい物リストを作るから、買って」


 聖女の目が怖い。今までも怖かったが、違う種類の怖さだ。美を追求する女性の必死さだな。

 俺は勢いに押されて頷いた。


「そういえば、サニーとサクラにも買ってあげてたモビ」

「アル、今はその名前を出さないでほしい」


 サニーのことを忘れるために飲んでいるのに、この兎は余計なことを。


「喋る兎って不思議よね」


 聖女はアルを触る。

 アルは嬉しそうに目をつぶった。


「僕は喋る兎のカマクラ、モビ」

「何だよそのカマクラって」

「喋る動物の種類モビ。喋るドラゴンならムロマチ、蛇ならアヅチモモヤマ、モビ」

「じゃあ猪ならなんだよ」

「…………」


 俺の質問にアルは黙った。絶対に適当なことを言っていただけだろう。

 などと言っているうちにも、聖女は欲しい物リストを書き上げた。俺はそれを購入して、聖女に渡す。


「金はとらない。その代わり、この領には手を出すな」

「あら、あの坊やが私に言い寄ってきても?」

「勿論だ」

「仕方ないわね。目の前のこれがあれば、他の子を籠絡できるから、それで我慢するわ」


 すまぬ、誰だか知らぬ他の子よ。

 俺が心の中で謝っていると、サクラが聖女の頼んだものを欲しそうに見ていた。

 俺と聖女がそれに気づく。


「あら、これが欲しいの?」

「はい。アルトの売ってくれたシャンプーがとてもよかったのですが、これらもそうした類のものですよね」

「そうよ。使い方を教えましょうか?」

「是非ともお願いします!」


 そこからは女子同士での会話が始まったので、俺はデーボと飲むことにした。

 デーボは酒があるので上機嫌である。


「デーボ、ありがとう。デーボのお陰でここまでこれたよ。俺一人じゃ右も左もわからなかった」

「なに、わしも色々と経験出来てたのしかったわい。それに、これからも一緒じゃよ」

「だな。明日にはここを出て、国境を目指す。飲み過ぎるなよ」

「ドワーフには飲み過ぎなんて言葉は無いわい。本気を出せば、店の酒が先に無くなる」

「まあ、飲みっぷりをみているとそんな感じだよな」


 会話はそこで終わり、俺はふと窓の外を見た。

 夜の帳が降りて、すっかり暗い。日本のように電気の明かりが外に漏れるようなことは無く、月明かりだけが周囲を照らしている。

 そんな景色を見ながら、召喚されてからのことを振り返る。

 やはり一番強い思い出はサニーのことだ。

 ちょいちょい、鉄矢に寄っていったのは、今回の結末への布石だったのかと思えてきた。しかも、映画の鉄矢にだ。


「せめて、僕は死にましぇんくらいの結末が欲しかったな」


 ひとりごちると、アルがやってきた。


「それはコンプライアンスの関係で無理モビ」

「何だよそれは」


 俺は苦笑いした。

 すると、女子二人がやってくる。


「何してるの?」

「どうせ、惚れた女に婚約者がいたことでうじうじ悩んでいるのよ」


 聖女の言葉は容赦がない。事実ではあるが、もうちょっとこう手心を加えてほしいものだ。


「言い方、言い方」


 俺が抗議すると、聖女はニヤリと笑う。


「わたしザン・コックですわよ」

「アル、知っているモビ。それ、ゴージャスアイリン地区のセリフモビ」

「いや、地区はいらないから」

「だって、スラム街の話だったモビ」

「いや、それ二話のタイトルがスラム街に来た少女だろ。それに、ザンコックは魔神英雄伝ワタルの敵だ。あと、今はずいぶんと良くなっているから、スラムっていうな!」


 そんな馬鹿話をしていたら、少し気が晴れた。

 それでもサクラは心配そうに俺を見る。


「アルト、私に出来ることあるかな?」

「じゃあ俺のことをお兄ちゃんと呼んでくれ」

「それくらいなら」


 サクラは不思議そうな顔をしながらも了承してくれた。

 アルはそれにまったをかける。


「待つモビ。アルトとサクラには血のつながりは無いモビ。お兄ちゃんっていうのは妹が言うセリフモビ」

「いいんだよ、血のつながった妹なんて妹じゃねーんだから」

「一回辞書で妹の意味を調べた方がいいわね」


 聖女がそう言って、クスクスと笑う。

 そして続ける。


「明日にはここを発つんでしょ。どこに向かうの?」

「そうだなあ、風の向くまま気の向くまま。そうだ、北へ」

「Oh!GREAT!北へ行くのらんららん」

「25年前のゲームじゃねーよ」

「よくわかったわね」


 何言ってやがると思ったが、おかげで色々と吹っ切れた気がした。


 そして翌日。

 既に依頼料はもらっており、挨拶もなしにこの街を出ようとしたが、宿を出たところにパサートが一人で立っていた。


「ありがとうございました」

「いや、こちらも仕事だし、それに貴族が平民に頭を下げちゃだめだろう」

「いいえ。これは僕の気持ちですから。でも、本当に行ってしまうのですか?姉の結婚も近いですしそれまでは」


 それは見たくないので、と言うのは出来ないが、それが無くとも急いで立ち去る必要がある。一度は引いてくれたローゼンリッターと闇夜の鴉だが、俺を殺すのを諦めたわけではないだろう。


「ああ。俺はお尋ね者だ。ここにいては迷惑がかかる」

「そうですか――――」


 俺がこたえると、パサートは悲しそうな顔をして、目を背けた。

 しかし、すぐにこちらに向き直る。


「またいつか、きっと来てください。それまでに、この領地をもっと素晴らしいものにしておきますから」

「そうだな。国に見つからないように、こっそり来るよ」

「はい」

「じゃあな。それまで元気でな」

「皆さんも、お達者で」


 パサートは再び頭を深々と下げる。

 俺たちはそんなパサートに見送られて街を出た。そして足は南へと向かう。

 サクラは不思議そうに俺を見た。


「あれ、北へ行くんじゃ?」

「これはチェシャ猫作戦っていって、相手に嘘の情報を教えて騙す作戦だ。待ち伏せされるかもしれないからな。それに、デーボがいるなら南だ」

「なんじゃそれは」


 突然名前を出されたデーボが笑う。

 アルは、俺の肩に乗ってA5056の丸棒を美味しそうに齧っていた。




 『親の町工場を立て直そうとして~』を自重しないで書いていたらこんな感じだったのかなと。あれで自重していたってのもなんですが。まあ、作品の流れとしては聖女ソアラの名前を考え付いたところで、南国アイスホッケー部とかってに改蔵っぽく行こうかなってなりましたが。で、まだまだ続く予定なんですが、本業が関税の関係で暇になりそうだし、もっとペースが上がるかな?


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