第40話 色恋営業
この一騎討ち、勝っても負けてもサンタナ領は取り上げられるような策謀が巡らされていることがわかった。どうやってこの状況を切り抜けるかを考える時間もなく、一騎討ちの準備が整ってしまった。
審判を務める騎士からルールの説明がなされる。
「どちらかが戦えなくなった時点で決着とする。負けを認めるか、死亡するかのどちらかだ。それ以外では、他のものが手助けするのも反則負けとする」
わざわざこちらを見て言ってくるが、俺はパサートを手助けするつもりはない。
アレックスのステータスはサクラの素のステータスより低い。
アレックス・サンタナ
職業:軍人
レベル:5
体力:137
魔力:3
攻撃力:95
防御力:86
こんな数値なら、レーザーブロードソードに頼らず、食べ物バフだけで勝てる。問題は、パサートがアレックスにとどめを刺せるかだ。負けを認めない場合は殺さねばならない。
俺の心配が的中しなければよいが。
パサートを見ると、まだ幼さの残る顔に迷いが見える。
が、そんな心配など相手にしないとばかりに、開始の合図がなされた。
「はじめ!」
その合図を受けて、パサートがブロードソードに魔力を流す。
「愛着!」
魔法が発動し、魔法の鎧がパサートの身を包む。
それを始めてみる俺たち以外は驚いた。もちろん、アレックスも。
「何っ⁉」
驚いて固まっているところを、パサートの一撃が襲う。
上段から振り下ろされたブロードソードが、アレックスの持っていた剣を斬った。
柄のすぐ上から切断された刀身は、重力に引かれて地面に落ちる。いや、異世界だし重力じゃなくて地面の精霊の力なのかもしれないが、兎に角地面に落ちた。
パサートの表情はフルフェイスのヘルムに覆われていて見えないが、何となく余裕がありそうなことはわかる。
「叔父上、降参されますか?」
などと訊いているのだ。
アレックスはその言葉でハッとなり、審判に強い口調で問う。
「反則ではないのか?」
だが、審判はそれを否定した。
「どこにも反則の要素は無い」
「しかし、あんなマジックアイテムを使うなど、聞いていない!」
「それは、確認を怠った貴殿に問題がある」
ローゼンリッターとしては、アレックスの勝敗は関係ない。なので、公平な判断が下されるのだろう。
アレックスはそのジャッジを聞いて歯ぎしりした。だが、覆らないとわかるとパサートに飛び掛かる行動に出た。
「パサート、お前に俺が斬れるか⁉」
そう叫びながらの攻撃である。
まずい、パサートの弱点を突かれた。そう思ったが、パサートは横薙ぎに剣を振るう。それがアレックスの右手首を切断した。剣を斬るほどの切れ味である。骨ごとスパっと斬った。
「ぎゃあああ」
「叔父上、降参してください。そうすれば命までは取りません」
もはやアレックスは戦うどころではなかった。斬られた箇所の近くを左手で押さえて止血している状況だ。脂汗まみれの顔で
「参った。俺の負けだ」
と小さく言った。そこには悔しさもにじませているように思えた。
「勝負あり。この勝負、パサート・サンタナの勝利とする」
審判がそう告げ、パサートは魔法の鎧を脱いだ。
そこから現れた顔には安堵が見える。
勝敗が決したところで、俺はすぐに聖女のところへと移動する。
そして、なるべくドスの利いた声で話しかけた。
「どんな悪だくみを考えているか知らないが、この領には手を出すな」
そんな俺の発言を、聖女は鼻で笑った。
「ふん、随分とあの姉弟にご熱心ね。さては惚れたのかしら?でも、あんたの願いをきくわけにはいかないの。これは国家の意志」
どうやら、一騎討ちの結果を気にせず、領地を没収するつもりのようだ。だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
「もし、お前がこの領地をどうにかしようとするなら、俺はこの国で児童保護法と青少年健全育成条例という概念を広めようと思う。お前の望んでいる楽園とやらも、お前が言うところの悪法によって不可能になるかもな」
「ちょっと、卑怯よ!」
俺の言葉に聖女は慌てた。
卑怯と言われるのは意味が分からないが、相手が混乱してくれたなら目論見どおりだ。
「さあ、どうするんだ?」
「くっ、わかったわよ」
聖女は俺に明確な殺意を含んだ視線を送ってくるが、すぐさま笑顔になった。そして、パサートのところへと歩いていく。
何をするのかと思ったら、パサートの背中に手をまわして、自分の胸に顔をうずめさせた。身長差から、ちょうどパサートの顔が聖女の胸の高さなのだ。
そして、魔法を使った。
「我がトヨタの治癒魔法は世界一ィィィ」
詠唱はいつもより控えめである。
魔法が発動すると、パサートは淡い光に包まれた。
「何をした⁉」
俺が強い口調で問うが、聖女は余裕の笑みを見せる。
「人を傷つけたことで心に負った傷を癒したのです。どうですか、気分は?」
聖女に問いかけられたパサートは、顔を真っ赤にした。
「とてもいい気持ちです。それに」
「それに?」
「聖女様はとってもいい匂いがしました」
「フフフ、ありがとう」
余裕の笑みの正体はこれか。
パサートのハートをがっちりキャッチしやがって。色恋営業の手口じゃねーのか?このままだと、パサートが自主的に領地を差し出しかねない。そうなると、俺に止める手段はないな。
そうだ、サニーならこの状況に危機感を抱くはず。
俺は期待してサニーを見たが、彼女も尊敬のまなざしで聖女を見ていた。
「駄目か」
俺が焦っていると、こちらにやってくる一団があった。
先頭には馬に乗った騎士っぽいのがいる。
それを見たサニーの表情が一層明るくなる。
「あれは、マルクス様」
「マルクス様?」
俺は初めて聞く名にはてなマークが浮かぶ。すると、パサートが教えてくれた。
「マルクス・ヒルトン様です。ヒルトン侯爵の長男で、姉の婚約者です」
「婚約者がいたの⁉」
俺は驚きのあまり二の句が継げなかった。