第39話 一騎討ち
翌日、領内に入ると特にトラブルもなく、午後には領主館のある街にたどり着いた。領都と呼べるほどの大きさではないため、そういった呼び方はしていないのだという。
街の名前はザマというと、出発前にサニーから聞いて知っている。
街は城壁で覆われている円形で、四方に大きな門がある。
そこの南門から街に入ろうかというところで、門の前に大勢の兵士がいるのが見えた。それも見覚えのある格好の兵士たちだ。
「ローゼンリッターね」
「じゃな。この前見た顔じゃ」
俺よりも目のいいサクラとデーボにははっきりと見えたようだ。
「それに、エスコートもいるわ」
「瀕死っぽかったけど、もう出て来たのか」
闇夜の鴉の首領であるエスコートもいるらしい。連中、アレックスに味方したのか?
その可能性が高いので、馬車を止めて中にいるサニーとパサートに報告する。
二人も外に出てきて、門の方を見た。
「はっきりとは見えませんね」
サニーがそう言った時、俺は双眼鏡を思い出した。
「あ、双眼鏡を買うか」
俺はネットストアで双眼鏡を購入し、二人に手渡した。もちろん、俺の分も購入してあるので、自分も門の方を見た。
「こうやって使ってください」
俺は使い方を二人に示す。
二人も恐る恐るといった感じではあるが、双眼鏡に目を付けた。
「あれは、叔父上」
パサートが声をあげる。
「聖女もいるか」
俺の双眼鏡は聖女を捉えていた。ローゼンリッターがいるから、そんな気はしていたが、あれとも戦うとなると厄介だな。
どうやって戦おうかと頭の中で考えていると、馬に乗った騎士が一人、白旗をあげてやってくる。
「何をするつもりでしょうか」
サニーが不安そうなパサートを抱きかかえ、騎士の方を見た。
その様子をみたら、騎士が近づく前に殺そうかとも思ったが、交渉するのが目的だろうから、グッとこらえる。
そうしているうちにも、騎士は声が届くところまでやってきた。
「アレックス・サンタナより、新領主の能力不足の申し立てがあった。そして、一騎討ちによる後継者選定を願い出た。国はこれを認め、我らが新領主であるパサート・サンタナとの一騎討ちの立会人となる」
「なんだって!?」
騎士の発したその言葉に驚かされた。
アレックスとの戦いになるだろうとは予測していたが、それが一騎討ちであれば、俺たちがパサートを手助けすることは出来ない。
いや、待てよ。
「代理を立てることは可能か?」
俺は騎士に問う。
そうだ、代理を立てられるなら、俺かサクラが出ればいい。その時は相手も代理を立ててくるだろうが、食べ物バフでステータスを底上げした俺たちなら、なんとかなる。
が、そのアイデアも否定された。
「ならぬ。これは当主にふさわしいかどうかを賭けたもの。本人以外は認めない」
「駄目か」
俺は落胆したふりをした。何故ふりかといえば、食べ物バフはパサートにも効果を発揮しているのを思い出したからだ。
叔父のアレックスの実力がどんなものかにもよるが、ステータスはパサートの方が上の可能性が高い。ならば、余計な縛りを入れられないように、このまま話を進めてしまおうと思ったのだ。
「パサート様、これは国の認めた正式な儀式のようです。受けねば、領地を継承することはできないかと」
「でも、アルト。僕が叔父さんに勝てるかな?」
不安を隠せないパサート。
いきなり一騎討ちと言われればそれも納得だ。パサートは俺の質問に対し、首を横に振るのがやっとの様子。代わりにサニーが叔父の実力を教えてくれる。
「叔父のアレックスは領の軍を仕切る立場です。当然、上に立つものの役割として訓練を一緒に行っております。ただ、サクラやアルトと比べれば、そこまでの強さはありません」
「なるほど」
とはいえ、食べ物バフは二人には教えていないんだよな。
サニーもパサートに一騎討ちさせるかを悩んでいる。
すると、サクラがパサートの持つ剣を指さした。
「それがあれば大丈夫でしょ」
「あっ」
言われて気が付いたが、パサートはレーザーブロードソードを持っている。これを使えば楽勝だな。
パサートとサニーもそれを思い出したようで、顔に安堵が見える。
これで決まりだな。
パサートは一騎討ちを受けることにした。
「わかりました。場所と時刻は?」
そう騎士に問うパサートには自信が見えた。
騎士はその問いにこたえる。
「今、この場所で」
「わかりました」
騎士はこちらが一騎討ちを受けることを伝えるため、あちらに戻っていく。
それを見て、俺はサクラにお願いをした。
「サクラ、相手が来るまでパサート様に最後の稽古をつけてくれないか」
「わかったわ」
サクラは了承してくれ、パサートと少し離れた場所に移動する。
俺は残ったサニーに耳打ちをした。
「いざとなれば、俺がスキルを使います。それに、連中が大人しく一騎討ちの結果を受け入れるとも思えません。どうせ俺はこの国から出ていく身。後は全ての罪を俺に擦り付けてください」
「そんな。それでは護衛の報酬だけでは収まりません。しかし、追加で差し出せるようなものが思いつきませんし」
申し訳なさそうなサニー。
俺はそんな彼女に首を振ってみせた。
「いや、短い間でしたがこちらも護衛を越えた感情が芽生えましてね。ただ、追加で何かをいただけるのであれば、まことに私事で申し訳ないのですが、私と食事を」
「そのようなことでよければ。本来であれば領主の立場を守っていただけるのですから、私の身を差し出すくらいでもおさまりませんのに」
俺の要求にホッとしたのか、サニーは笑顔になる。
そうこうしているうちに、聖女たちがやってきた。体格が良く、どことなくパサートに似ているのがアレックスかな?
それと、聖女の隣にエスコートがいるので、嫌味を言ってやる。
「もう動けるようになったのか。まだ寝ていればいいのに」
そんな嫌味にエスコートは反応しない。代わりに聖女が反応した。
「我がトヨタの医学薬学販売台数は世界一ィィィ。できんことはないィィィ――――――――!!」
「販売台数は余計だろ。それはそもそもお前の能力じゃないから」
「洒落のわからない奴ね。女にもてないわよ」
「それが原因じゃないモビ」
後ろから仲間に撃たれて心が痛い。
いや、気にしたら負けだ。会話を進めよう。
「一騎討ちの立ち合いにしては仰々しいな。騎士団に加えて闇夜の鴉の首領か」
「今日は特別でね。もう一人きているんだ」
「素晴らしい人?」
「違うわ。四人目の召喚者よ」
「四人目⁉」
すると、聖女のうしろから黒髪の少年が現れた。
「どう、かわいいでしょう。私のトヨペ――――、愛の楽園に加える予定なのよ。日本じゃ不正経理の責任をとって辞めさせられたおじさんだけど、今この外観なら全然問題ないわ。さあ、自己紹介して」
聖女に促されて前に出る少年。
「私、裏金作りで隠したしこたま。貸借表で裏技つかい。正は車、副はアミューズ。人呼んで粉飾のユ――――」
「まった、まった。お正月映画風に自己紹介したけど、それってあの会社じゃないか?」
思い当たる会社があるので、その先は言わせない。
「ええ、日本でもトヨタ様に助けていただきましたが、なんの縁かこちらでも豊田様に。因みに証券コードは」
「いや、言わなくていいから。名前も名乗らなくていいから。っていうか、なんでこんなのを召喚したんだ?」
「勿論、国王が使うためよ。例えば、貴族が国に納める税を誤魔化している資料の捏造とかね。スキルで経理関係の書類を偽造出来るのよ」
「このスキルがあれば、あの時も中国事業の不正な金の流れを隠せたのに。残念」
「いやいやいやいや。それはダメだろう」
なにいってんだこいつ。聖女並みに倫理観が壊れてやがる。
呆れた俺は、その直後ざわざわとした感情が生まれる。
「まさか、新たな召喚者が来たということは、新しい生贄が用意されたということか?」
「そうよ。でも、安心して記録はこれが改竄したから、記録上は誰も死んではいないわ。一人の死は悲劇だが数百万人の死は統計上の数字でしかない。されど、その統計上の数字すらなければ、それは何になるのかしら?」
馬鹿にしたように笑う聖女。こいつが聖女だというのは何かの間違いだよな。怒りよりも嫌悪感が先行して、関わりたくないと思った。
そして、そこで会話を打ち切るのにちょうどよいように、一騎討ちの準備が整ったと告げられた。