第35話 蒸着
サンタナ領まで目と鼻の先というところで休憩をしている。周囲は木が生い茂っているが、そんな中でやや開けた場所があり、周囲が見渡せるということでその場を選んだ。
ここで休憩をとっているうちに、ハーディたちは先に戻った。領内の状況を確認するためである。
俺はアルにA6061を与えていた。
「ほぉ~れ、このアルミうまそーじゃろ!おいしーよっ」
「ブウー、ブフウー」
聞いたことのない鳴き声を出しながら、座ってアルミをかじるアル。俺は今、アルの気持ちを理解できている気がする。背中に乗せてくれるかな?
そんなことを考えていたら、隣にサクラがやってきた。
「もうすぐこの依頼も終りね」
「そうだな」
「終わったらどうするの?」
「真っすぐ国境に向かう予定だ」
「一人で?」
「いや、デーボはついてきてくれることになっている。アルは――――」
俺はアルを見た。奴はつぶらな瞳でこちらを見てくる。こうしてみると単なる兎なんだよなあ。
「アルもついていくモビ。この世界でとれるアルミなんて少ないモビ。いつもお腹がすいていたけど、アルトと一緒ならそれもないモビ」
こんな外見だが、中味は災害級の実力を持ったモンスターだ。用心棒としては最適だな。
「パサート様とサニー様はどうするの?」
「依頼は領地までの護衛だ。と割り切るにはちょっとなあ」
パサートには懐かれている。そして、サニーは。まあ、俺の勘違いってこともあるかな。
言葉が続かず黙り込んでいると、静寂が訪れた。
その静寂で、サニーの声が聞こえる。パサートに話しかけているようだ。
「あの人を好きになりすぎてはいけないわ。別れるときにつらくなるから」
「でも……」
すごく評価されているのが伝わってくる。その恥ずかしさから、モンキーレンチを取り出すと、グリップの穴に指を通して、レンチをくるくると回して、恥ずかしさを紛らわした。
いつまでレンチをまわしていようか。そんな風に考えた時、ふとアルが肩に乗ってきた。
「別れるときにつらくなると言いながら、きっといつまでもアルトの帰りを待って、黄色いハンカチをぶら下げて待っていると思うモビ」
「いや、それはないだろ」
「わからないモビ。別れ際に黄色いハンカチを手渡されたなら、いつか、使い魔に乗って確認しに戻ってこないといけないモビ」
色々と言いたいことはあるが、話すと長くなるのでやめておこう。
俺がそう思った時、アルの雰囲気が変わった。
「何か来たモビ」
この場に敵が来たようだ。
「流石はアルミラージといったところか。こちらの気配をこの距離で捉まれるとはな」
正面から黒づくめの男が現れた。顔を覆う黒い布のせいで、なんとか男とわかる程度ではあるが、その目つきはかみそりのように鋭かった。
相手はアルのことを知っている。どこの勢力だろうか?犯罪ギルドか、国か。
俺がその男を見ていると、アルが注意をしてくる。
「全部で三人モビ」
「わかった。サクラ!」
「まかせて」
今の言葉だけで俺の指示を理解し、サクラはサンタナ姉弟のところへと移動する。
サクラが動いた気配を背中で感じつつ、視線は男に向けたまま、そいつに質問した。
「その黒づくめの格好。闇夜の鴉か?」
「やはり、名乗っておいて相手が生き延びたのは問題だな。我々の動きがばれている」
相手から不満が噴出しているのがわかった。
たぶんだけど、俺が取り逃がしてしまった奴の上司が、尻ぬぐいのためにやってきたってところだろう。
さて、連中のステータスの測定をしようか。そうしようとしたとき、左手側で叫び声があがる。
「ちっ!情報に無かった別の仲間か」
男が舌打ちした。
だが、こちらにはそんな仲間はいない。可能性があるとすれば、ハーディたちが戻ってきたということだが。まあ、そんなに早くは戻ってこないだろう。
では、誰だろうか。
しばらくして、木々の間から出てきたのはクレスタだった。
「誰かと思えば、犯罪ギルドの殺し屋、クレスタか」
「闇夜の鴉の首領、エスコート殿に覚えていただけるとは、俺も偉くなったものだな」
クレスタはフフフと笑った。
そうか、目の前の男は闇夜の鴉の首領なのか。じゃあ、上司だという予想は当たりだな。
しかし、クレスタがここに出現したのはまずい。
闇夜の鴉だけでも厄介なのに、そこに犯罪ギルド一の殺し屋まで加わって、俺たちに勝ち目はあるのか?
いや、どうにかしてこの状況を利用しなければ。
「で、ギルドの殺し屋風情が我らに敵対してまで、そこの連中を守ろうというのか?」
「違うな。あいつらは俺の獲物だ。他の奴に先に殺されては困るんだよ」
連中のその会話を聞いて閃く。
「どっちか、勝った方とだけ相手をしてやる。それまではこちらも手出しをしない」
どちらかが勝つにしても、疲弊することは間違いないだろう。用心棒だし、敵対する二つの勢力同士でぶつかり合う状況を作ってやろう。
それにのってきたのはクレスタだった。
「すぐ終わる。待っていろ」
そういうと、指輪をはめた指を天高く掲げた。
そして、それに魔力を流しながら叫ぶ。
「マグナ空間に引きずり込め!」
周囲が暗くなる。
「マグナ空間に引きずり込まれたモビ!」
「マグナ空間だって?」
またわけのわからない単語が出て来たので、アルに訊ねると説明してくれた。
「古代魔法王国時代の天才マジックエンチャンターであるマグナが作ったマジックアイテムモビ。この空間では術者の能力が通常の三倍になるモビ。ついでに赤くなるモビ」
「どっかで聞いた話だな」
うん。どっかで聞いたぞ。
まあ、それはいいとして、クレスタは隠れていたもう一人の闇夜の鴉をあっという間にナイフで刺し殺した。
そして、残ったエスコートと向かい合う。
「なるほど、伝説級のマジックアイテムか。しかし、それならばこちらも負けてはいない。この、レーザーブロードソードを受けきれるかな?」
エスコートが持っていた剣が魔力を帯びて光りだす。
そして、クレスタに斬りかかった。二人が交錯する。
「ふん、この程度で闇夜の鴉の首領がつとまるとはな」
勝ち誇るクレスタ。
見れば、エスコートの腹にナイフが深々と刺さっていた。
「任務だけは」
苦しそうなエスコートは最後の力を振り絞り、俺に向かってブロードソードを投げてきた。
しかし、それは俺の手前に落下してしまう。
そして、そのまま倒れた。
クレスタはこちらを向く。
「次は貴様の番だ」
「あんまり疲れてそうにないな」
俺は目論見が外れて焦る。三倍の能力となった奴と戦って勝てるのか?
「アルト、その剣を拾うモビ」
アルに言われて体が咄嗟に動いた。
目の前ブロードソードを拾い上げると手になじむ。
「今モビ、魔力を流すモビ」
俺は無我夢中で言われるがままに魔力を流す。
そして、自然と言葉が出る。
「横着!」
そんな言葉の直後、俺はどこからか出現した鎧を纏っていた。
「アルトがコンバットスーツを横着するタイムは、僅か0.05秒に過ぎないモビ。では、横着プロセスをもう一度見てみるモビ」
「いや、それはいいから」
「じゃあ普通に説明するモビ。古代魔法王国屈指の魔鍛冶師レーザーが作ったブロードソードには、鎧が格納されてるモビ。正しい手順を踏めば、こうしてその鎧を装着出来るモビ。勿論、魔法が付与されていて、物理攻撃も魔法攻撃も殆んど無効化出来るモビ。まさか、こんなところにあるとはビックリモビ。ちなみに、作り方は粉末を固める焼結モビ」
「いや、もうお腹いっぱいなので、これ以上の説明はいらないから」
さて、これで此方もクリスタに対抗できる武器が手に入ったぞ。