第31話 設備故障
「相手を知っているのか、サクラ」
俺は話題を切り替えた。
「ええ。昔となりに住んでいたの。騎士になるって言っていたけど、まさか暗殺機関に所属していたとはね」
「そうね、私がこうなったのも、しょせん女の騎士なんて飾りだってことかしら。騎士になったはいいけど、仕事なんて女性の王族の湯あみとトイレと着替えの時の護衛だけですもの。他は全て男の騎士が担当するから、こちらはなんの見せ場もないわけよ。だけど、闇夜の鴉なら私を必要としてくれる」
ミュルザンヌがこうなった経緯を説明してくれた。
つまりは、仕事にやりがいを感じなかったから転職したというわけだ。気持ちはわかる。俺だって必要とされる会社に行きたい。
「さて、昔話はこれくらいにしておこうかしら。サクラ、私の手であの世に送ってあげるわ」
ミュルザンヌが妖艶な笑みを浮かべた。
サクラは俺たちに背を向けた。
「彼女は私がやらせてもらうわ」
「連戦じゃないか。大丈夫なのか?」
「大丈夫、体の調子は絶好調よ。24時間戦える気がするわ」
流石栄養ドリンク。サクラからは疲れが感じられない。因縁もあることだろうし、俺は今回もサクラに任せることにした。
「ミュルザンヌ、私の手であの世に送ってあげるわ」
「それはどうかしら。昔のように私の奏でる音楽を聴いても同じことが言えるかしら?」
ミュルザンヌは指輪に魔力を流す。すると、おおきなバイオリンが出現した。
「魔楽器『梅嗚淋』。この楽器の奏でる曲を聞いて生きていたものはいない」
「魔楽器『梅嗚淋』だってモビ!?」
バイオリンを見て驚くアル。
「知っているのか、アル」
「勿論モビ」
――魔楽器『梅嗚淋』――
古代魔法王国時代の魔楽器職人ストレトブニバリデスが作成した最高傑作といわれる楽器。外観はバイオリンと変わらぬ形状で四本の弦を弓で擦って音を出す。だが、その音は人の体を意のままに操る魔法の効果がある。なお、自業自得を意味する「ミから出たサビ」とはストレトブニバリデスの息子ハーメルンが、この魔楽器を使って意中の女性を手籠めにしようとしたところ、ミの音から始まるサビの部分で自らに魔法の効果が出てしまい、命を落としたことに由来する。そんな息子を不憫に思い、作られた戯曲が『ハーメルンのバイオリン弾きである』
(ミュンヘハウゼン男爵著『古代魔法王国音楽悲話』より)
「どこからつっこもうか」
俺はアルの説明を聞いて、その言葉が出た。
最初は性病みたいな当て字からかな。それともストラディバリウスみたいに言っているけど、ストレート部にバリですっていう不具合の話か。身から出た錆のはなしもそうだし。
ハーメルンのバイオリン弾きは、当時付き合っていた彼女の家に、何故かガンガンがあったんだけど、それが彼女がパプワくんのやおい(当時はBLって言葉がなかった)同人誌作成のためだと知らず、ハーメルンのバイオリン弾きを読んでいたという俺の過去の傷を抉るのが目的なのかというのは突っ込まない。
ああ、あの時彼女の描いていた内容を見たせいで、俺たちの恋は終わったんだよな。パンドラの箱を開けたら厄災が飛び出して、希望が無かったんだ。
これだけは絶対に突っ込まないでおこう。
「アルト、表情が険しいモビ。ひょっとして、嫌なことを思い出し――――」
「アル、それ以上いうと給食に出す兎のソーセージにするからな」
「そんな、昭和20年代生まれしかわからないネタで脅しても、怖くないモビ」
終戦後の食糧難の時代、兎のソーセージが給食で出ていたことがある。とてもまずくて食べられるようなもんじゃなかったが、それでも空腹をしのぐために食べたっていう話がある。流石に30年代生まれには、そうした経験はないんだけど。そうだ、彼らはそうした時代を生きて来たんだから、年金を減らしてもいいじゃないか。現役世代からの搾取を減らそう。
話がそれました。
「突っ込むのはやめておこう。それにしても、相手の魔楽器とやら、サクラは大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないわよ」
俺に答えのはミュルザンヌだった。
俺とアルのやり取りの最中に、すでに演奏は開始されていた。
みれば、サクラは自らの剣を自分の胸に突き立てようとしている。
「サクラ、剣を放せ」
俺は叫ぶも、サクラはそうはしない。いや、出来ない。
「指も自由に動かせないわ」
「耳を塞いで曲が聞こえないようにすればいいモビ」
「まずいな。耳栓を渡さなければ」
俺は耳栓を購入した。
「それを渡そうとすれば、アルトも効果範囲に入る必要があるモビ。投げて渡したところで、サクラは装着することが出来ないモビ」
万事休すか。
そう思ったとき、俺の脳裏に不良の記憶がよみがえる。
そして、スキルを発動。サクラの耳に耳栓がセットされる。
【保護具耳栓】
かつて、設備から空気の漏れる音を耳で聞いて調整しているオペレーターがいた。しかし、会社から保護具の耳栓をつけるように言われて耳栓をした結果、その音を聞き分けられずに不良が流出してしまったことがある。空気が設備から漏れていると言っても、工機が直してくれず、現場がそれに対応した結果の悲劇であった。
「体の自由が戻ったわ」
サクラはもう少しで自分の首を斬るところであったが、その動きが止まる。
「馬鹿な。私の梅嗚淋の魔法が破られるなんて」
「ミュルザンヌ!!!これで、終わりよーーーーっっっ!!!」
自らの技を破られて一瞬固まるミュルザンヌ。そして、それを見逃さないサクラ。
サクラの一撃がミュルザンヌを梅嗚淋ごと袈裟に斬った。
「強くなったわね、サクラ」
ミュルザンヌはほほ笑むと、そこで息絶えた。
サクラは微動だにせず、倒れているミュルザンヌを見ていた。それに対して、俺たちは言葉をかけることが出来ずにいた。
俺は、サクラにかける言葉を探すことを諦め、設備の故障を放置していた工機に感謝の気持ちを伝えたいと思っていた。
いや、許さないけど。