第22話 その名を語ってはいけない
翌日、午前11時くらいに冒険者ギルドに顔を出した。
冒険者は朝いちに依頼を確認することが多いらしいということで、応募してくれる冒険者が出るか確認するならこれくらいまで待ってからということで、ゆっくりとした出発となったのだ。
なお、宿はチェックアウトしており、護衛依頼に応募があろうとなかろうと、戻ってくるつもりはない。
冒険者ギルドに到着すると、昨日の受付嬢がいた。サニーが応募の確認をするが、応募が無かったと告げられた。
「じゃあ、事前の確認通りにこのままサンタナ領をめざしましょう」
とサクラが言い、俺とデーボが頷いた。
手綱をデーボに任せ、馬車がカンダの街を出発する。昼は街の外で食べるつもりだ。
国王が変わらない限り、この街に来ることは無いだろうが、それを差し引いても酷い経験だった。
冒険者ギルドで絡まれるわ、宿の従業員に暗殺されそうになるわ。これでまた来ようなどと思う奴はいないだろう。
まあよかったのは、宿で品質管理の知識を披露して、ちょっとだけ優越感に浸れたことくらいか。
この世界にKeyen〇eがあれば、あんな対策も必要ないんだけどな。『対策書は嫌なのでKeyenc〇に無茶ぶりしようと思います』なんてファンタジー小説があってもいいんじゃないか?いや、よくないか。解決するのは金の力。金で解決ぶぁいやいやいやい。
金さえ払えばKeyence〇は異世界にだって来てくれるはず。
そんなことを考えながら進んでいくと、街道の人もまばらとなる。警戒するにも楽なので、ここで昼食をとなった。
街道から少し離れたところにブルーシートを地面に敷き、その上に座ればすっかりピクニック気分である。空は晴れて上空を鳥が飛び、命を狙われているのが嘘のような穏やかな日差しが降り注ぐ。
「とりあえずジュースでも飲んでいてくれ」
俺はオレンジジュース、リンゴジュース、炭酸飲料を出した。各々が好きなものを手に取り料理が出来上がるのを待つ。俺もペットボトルのオレンジジュースを飲みながら、鼻歌交じりでパスタをゆでる。
隣ではアルが美味しそうにA3003のアルミパイプをかじっている。そんなアルが不意に首をあげて、街道の方を見た。
直後、サクラも同じ方向を向いて、剣の柄に手をかけた。
俺もそちらを見ると、十人くらいの男たちがこちらに歩いてくる。
「敵?」
俺の質問にサクラが頷く。
「殺意むき出しで来るとは嘗められたものね」
「人違いってことはないか」
「ないでしょうね」
「ふむ」
敵認定したなら、距離が縮まるのを待つ必要もないか。
俺はトリクレンを購入し、相手の真上に出現させる。
「ぎゃああ、目がー!目がー!!」
トリクレンをかぶった連中は目を押さえながら転がりまわる。有機溶剤による攻撃が有効なようでなにより。そして、環境関連の法律がないのも。
トリクレンは強力な有機溶剤であり、アスファルトも簡単に溶かす。当然土壌汚染の観点から、地面にこぼすことなど出来ないし、こぼした場合の対策がある。それは土壌汚染対策法や水質汚濁防止法などで規定されているのだ。
「法規制が無いっていうのは素晴らしいな」
と呟くと、隣のアルがジト目で見てくる。
「法規制が無いのと、環境に影響が無いのは別物モビ」
「あ、はい」
ですよねーという感想だ。後で汚染された土を長期保管倉庫にぶち込んでおこう。
さて、そんなやり取りをしている余裕があるかといえば、ある。
一人だけトリクレンを躱したが、そいつは今サクラと対峙している。そして、持っている武器はナイフだ。剣と比べれば攻撃範囲は短くて不利だろう。
もう俺の出番はないはずだ。
そう思っていたが、サクラは中々男に斬りかからない。
「サクラのやつ、何を躊躇しているんだ?」
「相手に隙がないモビ。だから打ち込むタイミングが無いんだモビ」
「へえ。見た感じ強そうに見えないけど」
俺は相手を見た感想を述べる。
そんな俺を見て、アルは鼻で笑った。
「アルトの目は節穴モビ」
「そうなの?」
「測定してみるモビ」
アルに言われて相手の強さを測定する。
年齢:28
職業:犯罪者
レベル:28
体力:985
魔力:25
攻撃力:734
防御力:572
なんかとてつもなく強い。食べ物でバフがかかっているサクラよりも数値が上だ。これはアルの言うように、俺の目が節穴だってことだな。そして、その強さに焦る。
「これってまずくない?」
「普通なら勝てないモビ」
「そんな……」
俺とアルの会話を聞いて、サニーの顔が青くなる。そして、弟のパサートを背中に隠すようにした。
俺はそんな健気なサニーの態度にグッとくるものがあった。
「なあアル。俺がお願いしたらあいつを倒してくれるか?」
「お願いのされ方次第モビ」
「アルえもーん、あいつを倒す道具を出してよ」
「そういう事じゃないモビ!」
俺の場を和ますギャグは不発に終わった。
今度はちゃんとアルミ合金を仕入れて、それをアルに差し出す。
「某社製コンプレッサーだ。こいつに使われているアルミ合金は通常のADC12じゃない。ADC12と謳っておきながら、添加物が違うんだ」
「随分とまた珍しいのを持ってきたモビ。これを出されたらやらないわけにはいかないモビ」
アルがやる気を出してくれたことだし、これで一安心かな。
【補足】
Keyenc〇は値段がいいので、本当に最後の手段です。安易にその名を口にするともっと頭を使えと言われます。