第19話 水平展開
宿に戻ると従業員が出迎えてくれる。そして、俺と対策の話をしていエクスが対策をどうするかを話し合った結果を教えてくれた。
「砂糖と塩の置き場所を分けて、お客様に提供する前に中を確認することにしました」
どうやら、中味を確認することにしたようだ。まあ、そうなるだろうとは思っていたが。
となると、次は水平展開だな。俺はそれを訊くことにした。
「それは素晴らしい。それで、水平展開は?」
「水平展開?でございますか」
エクスは不思議そうな顔をした。これはわかっていないな。
「そう。砂糖と塩については出来たけど、これがお茶だったら間違わないと思う?茶葉にも色々な種類があるでしょう」
「なるほど、言われてみれば」
「水平展開とは同じような間違いが起きる可能性のあることに対して、同様の対策をすること。つまり、砂糖と塩だけを確認すれば終わりじゃないんですよ」
「そちらもやりましょう。茶葉など間違えやすいですからな」
ということで、他のものについても置き場の見直しや提供前の確認をすることになった。
その話が終わると、俺たちは部屋に案内されることになる。中年の女性の従業員が先頭を歩いて案内してくれる。
しばらく歩いて、宿の廊下に人がいなくなると、従業員のすぐ後ろを歩いていたサクラが剣を抜いた。
「ちぃっ」
と舌打ちしたのは従業員である。こちらを振り向いたその顔は、例えるなら般若の面というのが近いだろうか。そして、その般若は手にナイフを持っていた。
しかし、サクラが腕ごと斬り落としてしまう。
俺はその斬る瞬間が見えなかった。
サクラが持っている剣の位置が変わったことと、従業員の腕が落ちたことで、斬ったと認識しただけだ。
腕ごと武器を失った従業員は、こちらに背を向けて走り出す。
サクラはそれを見て、持っていたサブウェポンのナイフを投げつけた。それが従業員のうなじに刺さり、前のめりに倒れるのが見えた。
「生け捕りにしないのか?」
俺は彼女に訊ねた。
「護衛が少ないもの、逃げたのが私を護衛対象から引き離す目的かもしれないから、これでいいのよ。追いかけてしまって、他に襲撃者が隠れていたら対処できないでしょ」
「なるほどねえ。でも、誰がどんな目的でっていう背景がわからないじゃないか」
「そんなの、ほぼ確定でしょう。パサート様の命を狙っている叔父殿の差し金。おおかた、犯罪ギルドあたりに依頼をして、暗殺者を差し向けたってことじゃないかしら。それにしても、従業員として怪しまれずにいたっていうことは、ずっとここにいて、今までもここの客を殺していたんじゃないの?」
「言われてみれば」
エクスは彼女が俺たちを案内するのに不審がらなかった。ということは、彼女を前から知っていたということである。あれ、そうするとエクスも彼女が暗殺者であるということを知っていた可能性もあるのか?
「宿でも彼女の正体を知っていたのかな?」
「どうかしらね。彼女に指示を出すものがここにいる可能性はあるわ。でも、宿自体が犯罪ギルドの可能性は低いと思う」
「何でそう思うの?」
「今まで見た従業員が人を殺した経験がなさそうだから。そこで転がっている奴だけよ、そういう風に感じたのは」
俺はサクラの勘に感心した。
「すごいな。だから、すぐに反応出来たというわけか」
「冴えわたる第六感モビ。このままいけば第七感の開花ももうすぐモビ」
アルがサクラを褒める。
第六感というのがあるのか。そして第七感も。それがすごく気になる。
「アル、第七感なんてものがあるのか」
「あるモビ。第七感は小宇宙と書いてコスモと読むモビ。ついでに第八感の阿頼耶識もあるモビ」
「阿頼耶識まであるのか」
「当然モビ」
「っていうか、コスモ?」
それは、誰も奪えない心の翼的なやつか?
「それって俺の世界から来たやつか?」
「違うモビ。こちらの世界の言葉モビ。阿頼耶識はアーラヤ・ビジュニャーナ。コスモはテ・ジニャーナっていうモビ」
「いや、小宇宙やコスモはどこに行った」
「君のような勘のいいガキは嫌いだモビ」
これ以上アルにつっこんではいけない気がしたので、この会話はここでやめにする。
そして、目の前で起こった暗殺未遂の対処について話すことにした。
「宿に連絡をしてくるから。気を付けてくれ」
「あなたもね」
サクラは俺にそう言いながらも周囲の警戒を続ける。
俺はアルと一緒に宿のフロントに戻った。そこにはまだエクスがいた。
「どうかなさいましたか?」
「従業員に襲われた」
「は?」
俺の言ったことが全く予想していなかったようで、エクスが固まる。
「先ほど案内をしてくれた女が、突然サンタナ様に襲い掛かってきたんだ。返り討ちにしたけど」
「まことでございますか」
「ああ。だから報告しに来た。その様子だとあれが暗殺者だとは知らなかったようだな」
「勿論でございます。しかし、当宿の従業員がお客様に襲い掛かるなど」
「長いこと正体を隠しながら働いていたんだろうな。前にもここで殺人事件があったんじゃないか?」
俺が訊くとエクスは頷いた。
「何度かありました。しかし、犯人は判明せずにおります。ここをご利用になるお客様は、なにかと命を狙われる方が多いため、従者が疑われたりしておりましたが。まさか従業員とは」
エクスは動揺がおさまると、急いで支配人を呼びに行った。