第18話 薬師
「テクニックということは、固有スキルではなくて、訓練すればだれでも出来るようになるということですな」
ギルドマスターはそう訊ねてきた。
「その通りです。物事の間違いにはすべて発生原因と流出原因があり、それらを発見し対策するやり方は同じ。商品の提供ミスから、加工寸法の間違い、運搬中の傷まで、対策のやり方は同じです」
「ふむ、一考の価値はあるな。本部に相談をしておこう」
支部単位での新部門設立というわけにはいかないのか。まあ、今は護衛の仕事の最中だし、王都からなるべく遠くに離れたいという気持ちもあるから、カンダの商業ギルドに所属するのは避けたいので、急いでいるわけじゃない。
「他にも何か売り物はありますかな?外の連中は悪知恵を働かせて騙そうとしておりますので、こちらで常識的な金額で買い取りをいたしますが」
「悪い奴らは天使の顔して、心で詰めを研いでいるものだってことですね。その申し出は助かります。なにせ、この国の商品の価格というものがわからないので」
ギルドマスターからの申し出に乗ってみようと思い、どんなものがあるかを考えてみる。
そして思い浮かんだのは定番のコショウだ。
早速ネットストアで青と銀色の缶に入ったコショウを購入して、ギルドマスターの目の前に出す。
色々と日本語とアルファベットが書いてあるのだが、ギルドマスターは当然ながら読めない。なので、俺に訊いてくる。
「これは?」
「コショウですね。これ一つで中身は70グラム」
「手にとっても?なにやらとても綺麗な器ですので、触るのがはばかられますが」
「どうぞどうぞ。なんなら、こちらで開封しましょう」
俺は開封した缶をギルドマスターに渡す。
彼はそれを受け取ると、中身を確認し始める。
「すごい、混ざりものの無いコショウですな。さらに容器が美しい。これですと、中のコショウの重さの倍の金と同じ価値があります」
「金貨だと、金の含有量が5グラムだから、コショウ1グラムあたり金貨10枚か。となると、一缶で金貨700枚!?」
俺は計算しながら驚いた。コショウ1缶が金貨700枚だぞ。驚かない方がおかしい。
「金額に不満でも?」
「いえいえ。売ります。あばよコショウ、よろしく金塊」
「男なんだろ、ぐずぐずするなモビ!」
アルにもせっつかれて、俺はコショウをギルドマスターに売ることを決めた。
「どれくらい買いますか?」
「逆にこちらが訊きたいのですが、どれほどお売りいただけるのでしょうか?」
その質問に俺は悩む。正直いくらでも売れるのだが、売り過ぎると価格が暴落してしまうだろう。適正量ってどれくらいだ?
悩んだ挙句に出した結論が
「じゃあ、100缶売りましょう」
「承知いたしました」
ということで、かなりお金が増えてしまった。
「それで、今後はどちらに向かうのですか?これからもよいお付き合いをしたいのですが」
ギルドマスターにそう訊かれた。
彼の情報網ならば、サニーが護衛を募集したことなど把握しているだろうが、それでも訊いてくるのにはどんな意図があるのだろうか。
と、少し考えてみたが隠す理由もないので正直に話す。
「こちらのサンタナ様を護衛しながら領地に向かい、その後はこの国を出るつもりです」
「すると、こちらにはもどってくることは無いと?」
「今のところはですね。なにせ、この国はきな臭い。出来る限り遠くへ離れたいんですよ」
俺の言葉にサニーの表情が険しくなる。
そして、弟のパサートは悲しそうな顔になった。珍しく彼が発言する。
「アルト、ずっと一緒にいてくれないの?」
そんなパサートに対し、俺は困惑する。そんなに懐かれていたとは思っていなかったからだ。
悩んでからやっと出てきた言葉が
「さよならは別れの言葉じゃなくて、再び会うまでの遠い約束だから」
「うん――――」
パサートは納得していないのがよくわかる。そんなパサートを見て、サニーも困惑していた。
「パサート、アルトは我が家の使用人ではないのですよ。無理を言ってはなりません。それにしても、人見知りの激しいパサートがこんなにアルトに懐くなんて」
「アルトは亡くなった父上のような感じがするのです」
パサートはサニーにそう言った。
そうか、中身がおっさんの俺はパサートからしてみれば、父親を思い出す存在なのか。別れにくいな。
そんな困惑した空気をアルがぶち壊す。
「アルト、シャンプーも売るモビ」
「何で今それを?」
「なんとなく、さっきのアルトの言葉でシャンプーを思い出したモビ。チャンとリンスしてくれる奴を出すモビ!」
それで俺もわかった。何故アルがシャンプーを思い出したのかを。
「ギルドマスター、話が戻りますがこのシャンプーも買ってもらえますか。髪がツヤツヤになる石鹸なんですよ。ついでにカ・イ・カ・ン」
「快感?」
「いえいえ、それぞれの発音の間にまをあけてください。それはそうと、これを試してみたくはありませんか?」
「確かに。しかし、髪がツヤツヤになる石鹸とは薬師でもそんなものは作れませんが」
「では、試供品として一本こちらに置いていきましょう。よければ連絡をください。護衛が見つかるまではこの街にいるでしょうから。もっと評価に時間がかかるなら、使者でも送ってください。この国にいるならば、どこかの商業ギルドには顔を出すようにしますので」
「わかりました」
そこまでで商談は終了した。俺たちは商業ギルドを出て宿に帰ることにして、外に出た。
35歳じゃねえな