第17話 商業ギルド品質管理部
商業ギルドに到着した。立派な商館というのが外から見た印象だ。相当に儲かっているのだろう。
ふと、中抜きが心配になる。
さて、どんな条件で加入させられるのだろうかと不安を抱きながら中へと入った。
中の調度品などは冒険者ギルドと比べ物にならないくらい洗練されたものであるが、俺に向けられる視線は冒険者ギルドよりも悪かった。
例えるなら、フリーの雀荘に入った途端に、「こいつはカモか?」という視線と同類のものである。
そんな視線を無視しつつ、俺は受付カウンターへと進む。受付嬢は冒険者ギルドに負けず劣らず美しい。しかし、こちらの視線には棘がある。やはり値踏みされているようだ。
「ギルドに登録したいのだけど」
「年会費は金貨5枚となります」
俺の申し出には事務的な反応が返ってきた。まあ、ナンパをしに来たわけではないので、それでがっかりするようなことはない。
「それで特典は?」
「各都市の通行税の支払いが不要になります。それと、露店については出店許可が不要に」
「悪くないな」
通行税は訊いたところによると、商品にも掛けられる税金だ。つまり、荷物が多ければそれだけ税金が高くなるので、遠くには行きにくくなる。ただ、収納魔法のアイテムボックスだったり、それが付与されたバッグなどがあるため、税金逃れをすることも可能だ。
俺なんかは、仕入れすらその場で出来る。
となれば、商業ギルドが納税を肩代わりしたほうが、結局税金が多くとれるらしいというのを知った。
「じゃあ、金貨5枚を」
俺が金貨を取り出すと、不意に肩に手がかかる。
「あんちゃん、どんな商品を扱うつもりだい?」
振り返ると中年の太った男がいた。こいつも商人なのだろうが、雰囲気は玄人である。この場に効果音をつけるなら、ざわざわというのが適切だ。
俺はそんな相手に緊張しながら返答をする。
「塩やコショウを扱おうかと」
「なるほど。しかし、もっと詳しい話が訊きたい。一緒に来てもらえるか?」
彼は目で受付嬢へ合図を送る。すると、受付嬢は頷いた。
「ギルマス、お茶は後程お持ちいたします」
「ギルマス?」
「はい。当ギルドのマスターです」
只者ではないと思っていたが、商業ギルドのギルドマスターか。
俺たちはそのギルドマスターに案内されて、ギルドの一室に入った。その部屋にある調度品はさらに豪華であり、サニーが感心しているのが見て取れる。
「この壺、古代魔法王国時代のものですわね」
「お目が高い。いかにも」
サニーの見立てにギルドマスターは満足そうに頷く。
「へえ、古代魔法王国なんてのがあったんだ」
俺は壺よりもそちらに興味がわいた。古代魔法王国なんて単語、ファンタジー世界の定番じゃないか。きっと世界中に遺跡があって、冒険者たちが探検していることだろうな。
それをアルが説明してくれる。
「千年程度栄えていて、五百年前に魔力の暴走で滅びた王国モビ。この大陸だけではなく、世界中を支配していたモビ」
「ひょっとしてエンシェントドラゴンとかを使役したりしていた?」
「勿論モビ」
「くぅ、心躍るぜ」
俺が興奮していると、目の前のおっさんことギルドマスターも興奮する。
「ほう、それがアルミラージですか。実物にお目にかかるのは初めてです。どこでテイムされたのでしょうか?」
「この国の地理に疎いのでよくわかりませんが、王都からここに来る道中で」
「なんと!そんなに近くにアルミラージがいたとは」
大袈裟に驚くギルドマスター。それを見てふと気づく。
「何でアルがアルミラージだって知っているんですか?」
俺の質問にギルドマスターはにやりと笑う。
「情報こそ商人の武器。この街で起きた出来事は、すぐに耳に入るのですよ。そう、魔道具を冒険者ギルドに売ったことなども含めて」
「そりゃまた、本当に耳が良いようで」
アルのことを知っているのだから、当然電卓も知られているか。そして、商人であれば電卓の価値は当然理解していると。
ギルドマスターは笑顔を崩さずにこちらを見て、そして得意げな表情で口を開いた。
「でしょう?ところでその魔道具ですが、こちらにも売っていただけるので?」
ギルドマスターがもみ手で迫ってくる。胡散臭い笑顔を見ると、どうも騙されそうな気がしてならない。まあ、冒険者ギルドと同じ値段であれば、俺が損することはないんだがな。
「冒険者ギルドと同じ値段でよければ。それと、永久に動くようなものじゃ無い。5年から10年で動かなくなりますが」
「それでいいですよ。アルトさんがいればまた仕入れられますからね」
「じゃあ、商談成立ってことで」
俺はひとまず10個の電卓を仕入れて、目の前に出す。
「使い方の説明と、この国の数字への変換表を用意しましょう」
そう言って今度は紙とボールペンを購入する。冒険者ギルドでは登録しようとしていたので、ペンと紙が目の前にあったが、ここにはそれがないので購入することにしたのだ。
ボールペンで数字を書き始めると、ギルドマスターはそれに食いついた。
「その手に持っているペンですが、インクをつけずに書けるのですか!」
「ああ、こいつはこの中にインクが入っていて、それが少しずつ出てくることで書けるんですよ。ほら、この黒いのがインクです」
「なんと透明なペンだ。中のインクがくっきりと見える。さぞかし名の知れた名工が作ったものでしょうな」
「あー」
工場で大量生産されたものだと言っても信じてもらえなそうだな。というか、そもそも工場という言葉があるのかも不明だ。
「こちらも売りますよ。銀貨10枚で」
「何と!随分と格安ですがよろしいのですか?」
こちらとしてはぼったくりもいいところなのだが、相手が納得してくれるのならば構わないか。
ということで、ボールペンも売ることになった。
商談もひとまず終了したところで、俺はギルドマスターに訊きたいことがあったので、それを訊いてみた。
「ところで商業ギルドに品質管理部っていう部署はありますか?」
「いや、ありませんが。恥ずかしながら品質管理部というのは聞いたことが無い。どのようなことをする部署なのですかな?」
「商品の品質の管理や、商品の間違いがないように管理する部署ですね」
「そういったものは、商人が個人個人で行うものでしょう」
「そういうのが世間の常識かもしれませんが、そうしたことをするためのテクニックというのがあるんですよ。どうせ、間違えないように気を付けるとか、二人で確認するくらいのことしかしていないのでしょう?」
俺はにんまりと笑ってギルドマスターを見た。
彼は渋い顔をして頷く。どうやら図星だったようだ。
「うむ。確かにそうだ。しかし、それ以上のことが出来るというのか?」
「実はですね、ここに来る前に宿で塩と砂糖を間違えて客に提供してしまったという場面に遭遇したんですよ。さて、こうした時にどういう再発防止策を考えますか?」
俺はギルドマスターに質問した。
彼は少し考えてから回答してきた。
「間違えないように気を付けることだろう。私が支配人や上司ならば、間違った者をしかりつけて、二度と間違いたくないと思わせるだろうな」
「そう考えますよね。しかし、間違えた従業員は気を付けていなかったというわけではないのですよ。砂糖の容器に塩が入っていたのですから。つまり、容器に補充した従業員が間違えていたということなんです」
「それを先に言わないとダメだろう」
ギルドマスターはちょっと不機嫌になる。が、それも狙い通りだ。
「いいえ。間違えた状況を確認しなかったのはそちらの落ち度です。再発防止策を考えるときに、間違えた状況を確認し、出来れば再現してみるというのがテクニックのひとつとしてあります。ほら、テクニックが必要だとわかったでしょう」
どや顔決めてみた。