第16話 気が付けば別の話
「えっと、登録する職業はどうしますか?」
アルミラージの件は置いておくことになった。何もなかったかのように、俺の登録手続きを開始する。なお、後ろにはギルドマスターが控えており、一挙手一投足を見られているので気まずい。何も後ろめたいことはないんだがな。この辺は、客が作業を見に来た時に似ている。何を隠しているわけでもないのだが、見られているということでソワソワするのだ。
ということもあり、少々びくびくしながら質問の意図を確認する。
「職業は何かメリットやデメリットがあるのでしょうか?」
「パーティーを組む時の目安になりますね。職業と戦闘の内容が違ってもペナルティはないので安心してください。魔法使いが剣でモンスターを倒しても、こちらとしては特に何もありませんので。ただし、後々職業を変える場合は登録手数料がかかります。これはギルドが発行する冒険者登録証が再発行となるためです」
「なるほど。じゃあ、テイマーってことにしておいてください」
「わかりました」
一応、この後商業ギルドで登録をする予定なので、それが出来たら商人と名乗るつもりだ。ただ、それは予定なので、今はテイマーとしておく。アルと別れることがあれば、その時は商人にしてみよう。
しばらくすると、俺の冒険者登録証が出来たらしく、それを手渡される。
「この登録証を見せれば都市の通行税は無料になります。それと、冒険者ギルドにお金を預ければ、どこのギルドでも引き出しが可能になりますので、絶対に無くさないで下さいね」
「はい」
受け取って気が付いたのだが、年齢が35歳になっているのに、それについて何もきかれなかったな。気になったので受付嬢にこちらから訊いてみる。
「あの、俺が35歳に見えますか?」
「質問の意図がわかりませんが」
不思議そうにこちらを見る受付嬢。
「あの、外見は子供に見えると思うのですが」
「ああ、そういうことでしたら、種族によって外見など違いますから、自己申告の年齢を信じるようにしております」
流石ファンタジー世界だ。外見にとらわれないということか。
「自分のステータスを確認すると年齢15と表示されるから、どちらが正しいのかわからないけどな」
と、独り言を言うと、アルがその理由を教えてくれた。
「召喚するときに肉体年齢は10代になるモビ」
「そういうもんなのか」
「折角召喚したのに、高齢で使い物になる年月が短いともったいないからモビ」
「公務員の年齢制限の理屈と一緒か」
妙に納得できたのは、公務員採用試験の年齢制限の理由を知っていたからかな。公務員というのは税金を使って採用後の教育をする。だから、使った税金の効果を考えると、極力若い方が効果が高いのだ。
年齢制限が無かった場合、40歳で採用すると60歳の定年まで20年しかないが、20歳で採用したならば40年も時間がある。公務員として必要な教育に500万円かかるとしたら、その500万円の効果を長く使いたい場合、どうしても年齢が若い方がいい。そういうことだ。
それが異世界召喚にも適用されているとはなあ。
そして、さらなる疑問がわく。
「若返りはいいんだけど、記憶も残っているな。時間が巻き戻っただけではないということか」
「それについては、マグネットパワーで地球を逆回転させて時間を巻き戻したときに、記憶が残っているのが証明されているモビ」
「それだと、この世界は重たい方が早く落下するってことになるじゃないか」
「何を当たり前のことを言っているモビ?」
召喚された時に10代になるのはわかったが、物理法則があれなのも一緒にわかった。じゃあ、アンデッドモンスターには、汗から作った塩が有効なんだろうな。きっと、そんな世界だ。
なにはともあれ、15歳の肉体を手に入れられたことは素晴らしい。30歳を過ぎたころから、気持ちに体がついてこられないようになっていたからな。
「では、明日のこの時間にまたここに」
サクラが受付嬢にそう伝え、俺たちは冒険者ギルドを出ることにした。
外に出てから、俺はサニーに行きたいところが有ると伝える。
「商業ギルドに行って、商人としての登録をしてきたい。それと、武器も買いたい」
「それならば同行いたします。襲撃があった場合、サクラひとりですと複数人が相手ならば、私たち二人を護衛するのは難しいでしょう」
「わかりました」
というわけで、全員で移動することになった。
「では、まずは武器屋じゃな。商業ギルドの通り道じゃから」
この街に詳しいデーボが教えてくれる。それに従い、まずは武器屋に入る。
店内に剣やナイフ、ハルバードなんかもあってテンションが上がる。カウンターにいた店主がデーボに気づき、声を掛けてきた。
「よう、デーボ。今日はなんの用だ?」
「ちと、知り合いが武器を欲しいというのでな」
「剣士のねえちゃんか?」
「いや、この若い奴じゃよ」
そう言ってデーボは俺を指す。
「へえ、戦う感じには見えんが」
「今、冒険者になったばかりでね」
俺はそう自己紹介をした。店主は俺を値踏みする様に見る。
「うちの店には粗悪品は置いてないが、武器の良しあしはわかるのか?」
「刃物ならば切れ味と耐久性くらいは」
「どうやって良しあしを判断するんだ?」
「刃物は斬れやすい角度と、刃こぼれしやすい角度がある。使い勝手によって斬れやすさを選ぶか、刃こぼれしにくさを選ぶかだね。俺の腕前なら、片刃と両刃の間くらい、片方の刃が40度ならば、その裏側に15度くらいの角度の刃があるのが望ましい。あとは、焼き入れ焼き戻しか」
俺の言葉にサクラが質問してくる。
「焼き入れ焼き戻しって何?」
「焼き入れっていうのは鋼を硬くするために熱すること。これで硬くなったのをハードっていうんだ。それで、焼き戻しっていうのは焼き入れ後の冷却のことだね。硬いものは脆いんだけど、焼き戻しによって靭性をもたせるんだ。剣が傷だらけになっても折れないのは靭性があるからなんだよ。それで、鉄剣はタフになるんだ」
俺は近くにあった剣を手に持つと、それを振ってみる。
「今言った条件にあっているなかで、俺に最適なのはこいつだな」
測定のお陰で刃の角度は簡単にわかる。他の剣は左右均等な角度となっているが、こいつだけはそうなっていない。42.6度と反対側が18.9度であり、さきほどの条件にかなり近い。
「それは、アバレとブンヤの工房のものじゃな」
デーボは見ただけで鍛冶師を当てて見せた。何その危険な名前。
「覚えておくことは、『ハード』『傷だらけの靭性』『鉄剣タフ』『アバレ、ブンヤ』モビ」
「どっかで聞いたような単語だな。焼き入れ焼き戻しの話をしていたのに、いつの間にか違う話にすり替わってしまった気分だよ」
アルのセリフにつっこまずにはいられなかった。
そして、周囲の人間は誰もそれをわからない。それも仕方ないか。
結局店主が話題を元に戻した。
「詳しいな。どこかで鍛冶師に弟子入りでもしていたのか?」
「独学でね。見た目よりも歳を取っているから、経験もそれなりだよ」
「ほう。デーボが連れてくるくらいだから、それなりの知識があるとは思ったが、たいしたもんだな」
「いや、わしもアルトにこんな知識があるとは思わなかったわい」
そんなこんなで、扱いやすいショートソードとダガーナイフを購入した。ダガーナイフについては、日本では入手が困難となってしまったため、実物を見るのは初めてである。中学生の時にナイフ雑誌で見てから、いつかは本物を見てみたいと思っていたが、まさか異世界でその願いが叶うとは思わなかった。
猿渡先生の作品を知らないとわけわかりませんね。店主の名前はサカタです。口癖はアレです。ザ・ハードを読んでいれば簡単にわかりますね。