第13話 石鹸に驚く
部屋に到着すると、サンタナ姉弟と俺たちはドアの前で待たされる。サクラが先に中に入って、刺客が待ち伏せをしていないかを確認してから中に入るように言われた。
待っていると、中からサクラが出てくる。
「問題ないわ」
「ご苦労様」
サニーが労いの言葉をかける。ここまでパサートは殆どしゃべっていない。サニーが全て取り仕切っているにしても、存在感が無さすぎて次期当主としてやっていけるのだろうかという疑問がわく。
ただまあ子供だし、今後は存在感が出てくるのかもしれないな。などと、姉の後ろに隠れるように立つパサートを見ながら考えた。
「で、この後はどうするんだ?」
俺はサクラに訊ねる。
「湯あみをしていただき、旅の埃を落としてから冒険者ギルドへと向かう。新たな護衛を雇うためにな」
そういえばそんなことを旅の途中で言っていたな。新たな護衛はすぐに集まるものなのだろうか?
おっと、それよりも湯あみだな。
「湯あみって男女で同じところを使うものなのか?」
俺の質問にサクラが残念な子を見るような感じの視線を送ってきた。
「本気で言っているの?」
「すまんな。アルトはこの国の事情をしらんのじゃ」
デーボが俺を庇う。
「ほら、護衛対象がわかれてしまうし、サクラがパサート様の護衛をどうやってやるのかなと思って」
「使用人の女性が主である貴族の体を洗うために男湯に入ることはあるわ。護衛だって当然一緒に入るけど、それが貴族の女性となると男の使用人や護衛は入れないわね」
やはりそうなのか。どうやら混浴という文化はないようだな。
俺が納得していると、サニーが湯あみについて説明してくれる。
「ここは貸し切りにすることが出来ますので、パサートは私と一緒に湯あみをします。その際、サクラには一緒に入ってもらいますが、他の方は外での護衛となります」
パサートはサニーと一緒に湯あみをするのに抵抗はないようで、恥ずかしがるような様子は無かった。普段から一緒に入っているのかな?
まあ、そんな感じで湯あみをしたが、特に何も起きなかった。そして、俺とデーボも短い時間ではあるが、湯あみさせてもらえることになった。
その際、俺はボディソープとシャンプーを使うことを思いつき、ネットストアで購入した。シャンプーはチャンとリンスしてくれるシャンプーである、リンスインシャンプーだ。余談ではあるが、外国人派遣社員の名前がチャン・リン・シャンだった時の社内の爆笑が高齢の社員に偏っていたというのがあって、世代であのキャッチコピーを知っているかどうかみたいなのがあった。
「なんじゃそれは?」
デーボが興味津々にそれを見る。
「石鹸のようなものかな」
「随分と綺麗な局面をした石鹸じゃな」
どうもデーボは容器を石鹸と勘違いしているようだ。なので、俺は彼の目の前でワンプッシュしてみせる。
手のひらに出た液体を目の前に持っていくと、デーボは驚いた。
「中身が石鹸なんだよ」
「なんと!どういうからくりじゃ?」
流石はドワーフ。石鹸よりも容器に食いついてきた。しかし、今回は時間が無い。外でサンタナ姉弟やサクラが待っているのだ。
「後で説明するよ。今は待たせているから早くしないと」
「そうじゃな」
デーボは一旦引いてくれた。プラスチック成形の仕組みから話すことになると、相当な時間がかかるから助かった。
購入したシャンプーとボディソープをデーボにも分けてやり、素早く体を洗って風呂から出る。そんな俺たちを見たサニーとサクラは驚いた。
「随分と綺麗になりましたね。埃が落ちたのはわかりますが、この短時間でこうも綺麗に洗えるものなのですか?」
「そういう石鹸があるのです。よければ売りますが、万が一肌に異常が出た場合は使用をやめてください」
「是非とも」
サニーが食いついてきた。サクラも何か言いたそうにしているが、それを必死で我慢しているのがみてとれる。
「どうした、サクラ?欲しいのか?」
「うむ。しかし、値段がな」
なるほど、サクラは金額のことを気にしていたのか。これだけの効果があるならきっと高額になると考えているのだろう。そして、サニーは貴族だから金額については気にしないということか。
仕入れ価格は銀貨1枚程度なのだが、この世界の石鹸はいくらくらいになるのだろうか?
「石鹸って普通はどのくらいの金額なんだ?」
俺はその疑問を訊いてみた。
「そもそも平民は使わない」
とサクラが答えた。それでは参考にならないなと思っていると、サニーが金額を教えてくれる。
「貴族が買うようなものは金貨1枚ですね。安いものがあるかはわかりませんが」
「なるほど。その石鹸よりも効果があるとなれば、どれくらいの値が付くのかわからないということか」
困ったな、値決め出来ないぞ。
「まあ、お近づきの記念に体用の石鹸が銀貨3枚、髪の毛用も銀貨3枚としましょうか」
そういうと、ネットストアから追加で購入し、彼女たちの目の前に出す。
「これはまた、随分と綺麗な容器ですね。さぞかし名のある名工がつくったのでしょう」
とサニーは手に取って眺める。名工じゃなくて、名もないオペレーターなんですよとは言えないな。
ふと隣を見れば、サニーの言葉にデーボが頷いている。
「ドワーフでもこれほどの局面をつくれるかどうか」
金型を磨いた職人に伝えてあげたい。異世界で褒められているとは思ってもいないだろうな。なお、磨きが甘いと型から離れるときに変形して、見栄えが悪くなるのだ。磨いた状態が良くても、離型剤の塗布が悪くてもそうなるんだけど。
「随分と軽いのだが、これは何の獣の皮だ?」
サクラに訊かれて気づいたが、この世界にプラスチックが無いのだろう。それで出した結論が獣の皮ということだ。
「草生水ってある?燃える水なんだけど」
「あるぞい。まあ、あまり出回ってはおらんがの。臭いがきつくてあれを好んで使うようなものがおらんのじゃ」
デーボがこたえてくれた。
草生水とは石油の古語であり、ここでも同じ呼び方をしているようだ。現物を見ていないから同じとも断言できないが。
「それを加工するとこれになる」
「まさか」
一同が驚く。まあそうだろうな。日本書紀にも記述があるが、その時代にプラスチックを持って行って、これが草生水から作られますよって言ったならば、誰もが驚くことだろう。
これについては話していると長くなるので、俺は冒険者ギルドに行くことを促す。
「ここで話が長くなると、冒険者ギルドに行くのが遅くなるけど」
「そうだったわね。アルトが石鹼を安く売ってくれるのがわかったから、この話はここでお仕舞にして、冒険者ギルドにいきましょう」
サクラはそう言うと、サニーの方を向いた。
サニーは頷いて、その意見に賛成だと示す。