第12話 流出原因
「次は流出原因の対策か。レイル、貴女は瓶を持ち出すときに何を確認しましたか?」
「砂糖と書いてある文字です」
「そうなりますよね。しかし、今回発生した問題では、中味が間違っているので、外に書いてある文字を読むだけでは不十分だということがわかりました」
普通に考えれば砂糖と書いてあるのを確認すれば十分である。しかし、それだけでは確認が不十分だということが発覚した。そのことについての同意を求めると、彼女は頷いた。
「であるならば、どうすれば間違いを防げたと思いますか?」
俺が問うと、彼女はエクスの方をちらりと見る。それは正直に答えてもよいかということを確認する意味であるように思える。
なので、そのことを伝えた。
「言いづらいことがあるかもしれませんが、それはそれで構いません。こうすれば防げたというのを聞いて、それを対策として採用するかどうかは別の話です」
俺にそう言われると、彼女は話し始めた。
「味を確認するのがいいと思います」
「なるほど、それならば中味の確認になりますね」
「はい。しかし、毎回それをするとなると大変かなと」
「そうでしょうね。しかし、実際にお客様に間違ったものを提供してしまった以上は、確認の手間が増えるのは仕方のないことです。実際に味を確かめるというやり方の他に、加熱することで焦げるかどうかを確認する方法や、水への溶け込みを見る方法というのがあります。そうした方法の中では、味見するのが手っ取り早いと思いますけどね」
まあ、加熱についてはこの世界の砂糖が有機物で、塩が無機物だという前提があっての方法になったりもするんだが。ファンタジー世界で地球と同じとは限らない。だとしたら、味を確かめるのが今のところ時間も短く、確実な方法だと思う。
「面倒だとは思うけど、お客様に持っていく人と、味見する人は別の方がいい。それで、持っていく人の目の前で味見をさせて、確実に確認したことを見させれば間違いは無いと思う」
「持っていく者がではなくてですか?」
レイルが疑問を呈する。
「持っていく人が焦っていて、確認を忘れてしまうこともある。お客様からせかされて、確認をしないで急いで持っていくこともあるかもしれない。だから、他の人間に確認をさせるんだ」
「では、補充したときに確認するというのはどうでしょうか?」
と提案してきたのはエクスだ。
「それはどういう意図で?」
俺は訊き返す。
「補充時に確認しておけば、お客様にせかされた時に時間をかけずに済みます」
「なるほど、それも一理ある。だけど、確認した後で誰かがさらに追加で補充して、それが間違っていることもあるかもしれない。それに、品質の劣化だってあるかもしれないよ。やはり、持ち出す直前にしないと」
これは出荷検査で何度も経験したことだ。在庫品として倉庫に倉入れするときに検査したとしても、倉庫内で製品が劣化することがある。それに、出庫作業での間違いだってある。
出荷単位が10個なので、10個でそろえていた製品で、端数が発生してしまったときに、その10個そろえていた箱の中から持ち出しして、補充しないままにしたために数量間違いの不良が出たこともあった。
倉入れ時の確認をしたからといって、出庫時も良品のままということはないのだ。だから、持ち出す直前の検査が必要になるのだ。
これは経験しないとわからないかもしれないが、とは思う。
「これが安宿であれば、お客様としても価格なりのサービスだなと思ってくれるかもしれませんが、ここは貴族も相手にする高級な宿でしょう。確認作業に手を抜いて評判を落とすのは避けたいはず」
品質第一主義という言葉はないだろうが、高価格高品質が売りなのだから、これくらいの手間は受け入れてもらいたい。ただ、利益との兼ね合いでとなれば、俺はこれ以上は強制するつもりはない。
結局のところ、そういうのは経営判断だ。価格を抑えて品質が悪いままという会社なんて沢山あった。そういう会社もそれなりの需要があって、中々潰れなかったのでここもそういう宿になるというのであれば、それも一つの判断だと諦める。
エクスもそのことで悩んでいるのか、黙って考えている。そして出した結論が、
「上の者と相談します。従業員の負担も増えることですし、そちらとも調整が必要になるでしょうし」
「そうでしょうね。継続が困難な対策など、やらない方がマシですので」
俺は本心からそう返答した。
無理な対策というのは、そのうちやらなくなってしまう。そのくせ、対策は出来ているはずだと管理者側は安心してしまうという困ったものになる。ならば、対策などやらずにいた方が、まだ緊張感が保てるというものだ。まあ、それも一年ももたないようなもんなのだが。
俺の返答を聞いて、サニーが本当にそれでいいのという感じの顔をした。サクラはそれを直接訊いてくる。
「本当にそれでいいの?やるべきでしょう?」
「それはこちらが強制するようなものでもないんだよね。完璧な対応をしてくれる高級な宿と、多少の許容できるミスのある安い宿、どちらを選ぶかは客次第だから。まあ、ミスをする高級な宿っていうのは、そのうち客が寄り付かなくなるだろうけど」
これは需要と供給の問題である。
工業製品でも安いから許容できるという客層、ニーズはあるのだ。百円ショップで見かけるプラスチックの成形品など、自動車や化粧品業界では不良として廃却されるようなものも、普通に売られている。そして、それが不良品だから返品するなどというようなことは無い。
まあ、自動車なんかは大量生産なので、安くて品質が良いものを求められているというので、作る側は結構苦しかったりするんだけど。化粧品はさらに厳しいか。
高品質低価格なんてものはないんだけど、BtoBだと中々それがわかってもらえない。
しかし、宿はそうではない。俺だったら、塩が間違って出されたとしても、きちんと補償してもらえるなら構わないっていう考えだ。今回の事でいえば、しょっぱくなったお茶の無償交換だけで満足だ。
さて、どういった対策をすると決めるのだろうか。それは宿に任せよう。その考えはサクラたちにも伝わる。
「確かに、完璧でなくとも安ければ納得するな」
サクラは頷く。
「しかし、貴族相手となると厳しいでしょうね。他の宿に客が移ってしまうかもしれません」
サニーの考えとしては、ミスをするような宿を使いたくないというものだろうな。それがにじみ出た発言だ。
俺たちがそんな会話をしていると、エクスとレイルが一礼をして下がった。これから上司に報告をしに行くのだろう。これ以上ここにいても仕方がないので、俺たちも自分たちの部屋に移動することにした。