第10話 三現主義
「随分とご立腹の方がいらっしゃいましたが、何がありましたか?」
俺が声を掛けると、上司っぽい人がこたえる。
「お客様にお出しした砂糖が、実は塩でして。それを気づかずにお茶に入れて飲んでしまったのです」
「そうですか」
まあ知っていたんだけどね。
「姉さん事件です」
「誰に言っとるんじゃ?」
「あ、ほら高級宿だし」
俺のセリフに怪訝な目を向けるデーボ。わからないのも無理はないか。ここにはテレビの電波が届かないし、DVDも売ってない。というか、前にもこんなセリフが。俺じゃないけど。
「では、再発しないようにしないとですね」
俺は上司ッぽい人にそう言うと、彼は頷く。と同時に、俺を値踏みするように見る。
「失礼ですが貴方は?」
「通りすがりの宿泊客です」
「はあ。そうしますと、お申し出はありがたいのですが、お客様の手を煩わせるのは」
恐縮する男性。
「気にしないでください。これが私の職業なので」
「職業?」
「品質管理です」
「品質管理?」
俺が品質管理だと告げると、彼はピンと来なかったようで、不思議そうな顔をした。たぶんこの国に品質管理という仕事はないな。中世ヨーロッパ風の社会ではそんな仕事は無かった。というか、第二次世界大戦を過ぎないとそんな仕事は無い。品質を維持しようという考えはあるかもしれないが、じゃあどういった手法でとなると、産業革命や国家総力戦となる戦争を経ないとならない。
だから、俺は簡単に説明することにした。
「品質管理とは、求められる品質を維持管理することです。今回のことで言えば、砂糖を要求されているので、当然砂糖を提供しなければならなかった。それを間違いなく出来るようにする仕事ですね」
「聞いたことありませんが、それでも助かります。先ほどのお客様に次は無いと言われましたので、何が何でも再発防止をしなければなりません」
「僭越ながら、協力させていただきましょう」
「是非とも」
そんな会話をしていると、サクラとサンタナ姉弟がやってきた。
「手続きが終わったわ。部屋に……行けるような雰囲気でもないわね」
サクラは何かを感じ取った。なので、雇用主であるサニーに訴えかかるような視線を送る。サニーはそれを受けて、俺に質問してきた。
「何をなさっておりますの?」
「実は、先ほどこちらの従業員が砂糖と塩を取り違えてお客様にお出ししたのです。それで、そのミスが再発しないためにはどうしたらよいかという相談にのろうと思いまして」
「なるほど。しかし、それであれば次から気を付ければよいのでは?」
サニーも似たような考えを述べる。まあ、この考え方が一般的なのだろう。
「いいえ。それでは根本的な対策にはなっておりません。気を付けるというのは誰でもしていることですし、ちょっとだけいつもと違う変化が起きれば、その気を付けていたものが抜けてしまうことがあります。だから、間違えない仕組みを作ることが必要になるのです」
「そのようなものですか」
「ええ。人は常に緊張していられるものではありませんからね。気を付けていなくとも間違えないような仕組みが必要なのです。まあ、現状を確認して、どんな仕組みが作れるのかを話すだけなので、明日までかかるようなものではありません」
本来の対策は一朝一夕に出来るようなものではないのだが、そこまで本格的な対策をするつもりはない。なにせ、俺の今の仕事は彼女たちの護衛だ。三現主義に基づいた確認と、そこから見えてくる真因の対策のアドバイス程度で終わらせるつもりである。
三現主義とは現場・現物・現実のことである。想像だけで対策をするのではなく、実際にどうなったから不具合が発生したかを確認するべきという主義である。なお、この考えはCAD上で考察する設計者とは相性が悪い。不具合が発生すると、年中工場と設計で喧嘩になっていた。理論上起こりえないと言われても、現実に起きているのである。これが独裁国家であれば、現実が間違っているということにできるかもしれないが、製造現場ではそうはならない。
若干愚痴っぽくなったが、現実を見て行こうか。
「さて、ではまずどうして間違ったものを提供してしまったのでしょうか?実際のものを見せてください」
「これです」
先ほど怒られていた女性従業員が砂糖の入った瓶を見せてくれる。それは焼き物の円筒状の瓶であり、そこには砂糖と書いてある。書いてある文字は漢字ではなく現地語だと思うが、どういうわけかそれがすんなりと理解できた。異世界転移特典ってやつか?
まあ、理解できたならそれでいいやということで、先に進む。
「砂糖と書いてある瓶の中に塩が入っていたと」
「そうです」
彼女は頷いた。
砂糖と書いてあるのが気になるところだ。
「塩は普段は何に入っていますか?」
「同じ瓶です。そちらには塩と書いてあります」
「なるほど。つまり、砂糖と書いてある瓶だから、当然中身は砂糖だと思って提供したというわけですね。中身の確認は?」
「しておりません」
「折角だし、確認してみようか」
万が一、言いがかりということもある。本当に塩なのかを確認するため、俺はそれを舐めた。
「塩だね。ということは、誰かが砂糖を入れるべき瓶に塩を入れてしまい、その中身を確認せずに客に提供したというのが今回の原因か。発生原因は入れ間違い、流出原因は確認不足」
さて、不具合発生の原因がわかったことだし、次は対策だな。
ようやく品質管理らしい話に