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神官長の診察

話の繋がりを考えて、前話の後半、一部修正しております。

久しぶりに執筆したので、話の流れに齟齬があったら申し訳ありません<(_ _)>

アンヌが開けたドアから現れたのは、白く長い髭を蓄えた体格の良い初老の男性だった。前合わせの白いワンピース状の服に太い深緑色の帯を撒いている。

奏多のベッドの脇に置かれた椅子に腰かけると、薄青い瞳を細めてニコリと笑った。この人が神官長か、奏多は思う。威圧感は無いが、包み込むような優しい雰囲気があった。ひとりでに肩の力が抜ける。


『私は神官長のラファエロだ。うちの者が君に乱暴な扱いをして大変申し訳なかった。私は医術の心得があるので、これから君の状態を確認したいと思う。触れてもいいかね?』

『……はい、大丈夫です』


頷く奏多を見て、ラファエロの後ろに立つアンヌが微笑む。

彼はまず『どれ、見ようか』と奏多の目を覗き込んだ。次に口を開けさせ舌を見て首を触り、掌を確認する。そして懐から聴診器を取り出し『失礼するよ』と言って、シャツの下から差し入れ奏多の心音と肺の音を確認したようだった。聴診器をしまい、今度は奏多の右手を左手で、左手を右手で握り静かに目を閉じる。そのまま暫く耳を澄ますように押し黙っていたがやがて目を開けた。奏多の目を見て、ニッコリと微笑む。


『うん、熱中症の方は良いようだね……アンヌ?』


振り返り、診察の様子を心配そうに見守っていた女性に声を掛ける。奏多の世話をしてくれた女性はアンヌと言うらしい。


『背中と左膝に痣があります。拘束されたときに強く打ったようで』

『なるほど。まず脚を見ようか』


奏多は今度も大人しく言う通りにした。ずっと親切にしてくれたアンヌが信頼を寄せている様子だったからだ。ベッドに腰かけるように態勢を変え、ズボンをまくって左膝を出したが、思わず息を飲む。

そこにはかなり濃い痣が出来ていた。紫色で見た目が正直グロい。道理で痛む筈だと思った。


『カイル……』


彼は、一瞬痣を見て眉根を寄せたが、奏多を安心させるように再び優しげな微笑みを顔に浮かべる。


『申し訳ないが、患部に手を当てるよ?』

『はい』


節くれだった白い手が痣へ翳され、ラファエロがこう唱えた。


『水の神ユンディーネ、慈愛を以て御身の雫をか弱き(しもべ)に授け奉らん』


パァッと神官長の掌が光ると、あたっている部分が温かくなった。すると見る間に痣が端から薄くなっていき、跡形もなく消えてしまう。


「え?!」


まるで魔法のように痣が消えた。奏多は信じられない気持ちで顔を上げ、白い髭を蓄えた神官長を見る。しかし神官長は微笑みを湛えたままだし、後ろに控えているアンヌも特に驚いた表情を浮かべてはいない。じわりと奏多の胸に違和感が広がる。

ここは……やはり奏多が住んでいた世界と全然違う場所なのかもしれない。

そもそも地下に落ちたくらいで、日本語じゃない言葉をしゃべる人達に囲まれるなんて、やっぱりおかしい。

最初は再会した兄がふざけているかと思った。だけど体格の良い男に拘束され檻に閉じ込められ、理不尽に痛い思いをしすっかり混乱してしまった。

その上意識を失い―――いつの間にかフカフカのベッドの中で手当てされていた。目まぐるしく変わる状況に頭が追い付かず、疑問を口にする間も無かったが、ここに来てようやく認識が追い付いて来た。

今の状態は、ただ日本語じゃない言葉を話す異国人に囲まれているだけじゃない。どうやら奏多は、自分の知っている世界と違う場所に来てしまったのだ。


『後ろを向いて……少し失礼するよ』


内心動揺しながら、治療を受けるのは必要だと思い指示に従う。アンヌが前に出て、シャツをめくり患部を出した。ラファエロの手が背中に当たり、すぅっと鈍い痛みが引いていく。きっと、こちらにできていた痣もきれいになっていることだろう。アンヌがシャツを下ろしてくれたので、奏多は姿勢を直して再びラファエロに向き合った。


『よし、よろしい。他に痛いところや違和感のある場所はあるかね?』

『……ないです』


グルグルと思考を巡らせながら、奏多は目の前に座る白髭の神官長をグッと見つめた。


『あの……ここは、何処ですか?』

「ふむ。やはり知らないまま、こちらに来てしまったのだね?」

「え?!……日本語……?!」


何とラファエロの口から出て来たのは、まごうこと無き日本語だった。驚いて声を上げる奏多を神官長は穏やかな瞳で見つめ返した。


「若い頃、日本で医学を学んだのだ。だから、それなりに話せる。最近の若者言葉はとんと分からないがな。カナタ、私は君の父の母の弟……つまり君の大叔父だ」


奏多はあんぐりと口を開ける。


「……も、もしかして……ここは……ここが『ノヴェル聖国』?」


父は自分が遠い外国から来たのだと言っていた。そしてその言葉を覚えなければならない、と幼い頃から兄と自分に叩き込んだのだった。けれども『ノヴェル聖国』なんて国、何処にもない。秘密を打ち明けた友人に笑われて、改めて調べたのだ。父が語るおとぎ話を真に受けて、本気にしていたのだと気が付き苛立ちを感じた。父に反発心を抱く原因は嘘を吐かれたことだけが原因ではなかったが―――


「ノヴェル聖国、本当にあったんだ……!……」



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