悲しい
「悲しい、悲しい」
ある日、家の中で悲しい悲しいと泣く怪異を見つけた。
私には近寄れないらしい。
破魔のパワーストーンの効果だろうか。
「…悲しい、悲しい」
悲しいと言われても、何もしてあげられない。
「悲しい、悲しい」
「…辰巳さん、早く帰ってこないかな」
時たま出かける辰巳さん。
家でゆっくり待つ私だけど、その間に怪異に遭遇するとちょっと困る。
「食べたい、食べたい」
「…私を食べたいの?」
怪異はヒトの形をしているが、頭だけ獣という異質さ。
とはいえ、ずっと泣かれても困るので話しかける。
「ちがう、ちがう」
「じゃあ、はい」
適当に冷蔵庫にあったきゅうりを差し出す。
微妙な顔をされた。
「…ありがとう、ありがとう」
それでも食べ始める怪異。
美味しそうとは言えないが、もきゅもきゅ食べる。
「もう悲しくない?」
「…」
こくりと頷く。
そして消えた。
「…ただいま、百合」
「おかえりなさい、辰巳さん」
辰巳さんは大荷物を抱えて帰ってきた。
「辰巳さん、それは?」
「空気を入れるとプールになるやつです」
「え」
「せっかく水着も新調しましたし、お庭でこれで水浴びもいいと思いませんか?」
「いいと思いますけど…」
にこにこと話していた辰巳さんだが、急に顔をしかめた。
「…百合、妙なものに餌付けしました?」
「あ、はい」
「だめだと言ったでしょうに」
辰巳さんがぱちんと指を鳴らす。
「悪意を持たない怪異だったようですから、本体は消えていましたし邪気が少し残るくらいでしたが。褒められたことではありませんよ」
「ごめんなさい…」
「君は僕の獲物です。浮気はほどほどにね」
浮気とは。
そう思って辰巳さんを見たが、目は真剣。
「ひょっとしてヤキモチですか?」
「そうですよ」
「わーい」
「わーいではありませんが」
むすっとする辰巳さんだけど、私としては嬉しい。
「今日は珍しく涼しいですから、明日プールに入りましょうね」
「ええ、そうしましょう」
むすっとしつつもプールは楽しみらしい。
そんな辰巳さんが可愛くて、なんだかほっこりとした。
辰巳さんとしては面白くなさそうだけど、こればかりは許してほしい。
辰巳さんの嫉妬は嬉しいのだ。
 




