蛍
「ねえ、百合」
「どうしました?」
「蛍を見に行きませんか?」
「蛍…ああ、そういえば川で見られるんでしたっけ」
「ええ。あの清流にいるそうですよ」
ならばと辰巳さんに頷いて、準備をする。
「虫除けスプレー探してきますね」
「ふふ、楽しみですね」
「楽しみですね」
辰巳さんと蛍を見られるのは楽しみだ。
だって蛍は私の唯一好きな虫だから。
「さあ、準備も出来ましたし行きましょうか」
「はい、辰巳さん」
辰巳さんと手を繋いで蛍を見に行く。
「夜でも蒸し暑いですね」
「うちわ必須ですね」
「飲み物もね」
ペットボトルの水を飲みつつ、うちわを片手に川にきた。
「わぁ…!」
「素晴らしい景色ですね」
いたるところに蛍の光。
幻想的な雰囲気に圧倒される。
「すごい…」
「ふふ。百合とこの景色を見られて良かった」
そう言って私の右手に自身の左手を絡める辰巳さん。
「辰巳さん…」
「僕の可愛い百合。今のうちに、いくつもの思い出を積み重ねていきましょうね」
「…はい」
飢えた獣のように私を見つめるのに、その瞳の奥には食欲にも勝るほどの愛情を感じて。
「…百合、愛しています」
「はい、辰巳さん。私も愛しています」
触れるだけのキスをする。
けれどそれだけでは足りないらしい辰巳さんは、何度も何度も唇を重ねて大人のキスもした。
「…ふふ、こんなの初めてです」
「僕もですよ。今パートナーを探している蛍たちも、こんな満たされるような恋に落ちるのでしょうか」
「どうですかね。でも、そうであってほしいですね」
再びぎゅっと手を繋いで、蛍の光を見つめる。
この恋の結末は決まっている。
けれどきっと、それはお互いにとって幸せなこと。
けれど辰巳さんは私を愛してくれた。
だからこそ、たくさんの思い出を積み重ねる。
「辰巳さん」
「ん?」
「私、今とても幸せです」
「僕もですよ」
私を愛してくれた辰巳さんが、私を食べてくれた後。
少しでも、辰巳さんが寂しくならないように。




