花火大会
「ねえ、僕の百合」
「なんですか?」
「今日は夜勤もありませんし、ナイスタイミングだと思いませんか?」
突然そんなことを言われて、きょとんとする。
「なんの話ですか?」
「ふふ、百合はあまりイベントごとに興味はありませんか?」
「そうですね」
そう答えた私に、にこっと笑って辰巳さんは言った。
「そろそろ花火大会があるそうですよ」
「花火大会…」
「ええ、湖の方で」
「…」
そういえば、毎年そんなイベントがある。
「行ってみませんか?」
「いいですけど、人が多いですよ」
「覚悟の上です」
「人酔いしません?」
「僕が?まさか」
まあ、辰巳さんは大丈夫そうか。
「君こそ、人酔いするタイプです?」
「いえ、私も大丈夫なタイプです」
「ならいいではないですか」
まあ、辰巳さんがそんなに行きたがるならいいか。
「ラフな格好でいいですか?」
「浴衣は諦めますが、せめておしゃれはしていきましょう」
「…まあいいか。じゃあ着替えてきますね」
さくっと辰巳さんに選んでもらって買った服の中から良さげなものを選ぶ。
「辰巳さん、着替えました」
「ああ、百合にはやはり可愛い系が似合いますね。本当は浴衣を着せたいところですが…」
「それは諦めてください」
「ですよね。ほら、座ってください。今日はポニーテールにしましょう。化粧もネイルも任せてください」
そして私は辰巳さんプロデュースでめちゃくちゃ可愛くなった。
「うん、やはり僕の百合は愛おしい」
「そうですか」
「では行きましょう」
ひんやりした手と手を繋いで、湖の方に行く。
露天も出ていて、二人でチョコバナナやら焼きそばやらお好み焼きやらを買って食べる。
「ねえねえ、こういう時はかき氷ですよね!」
「そうですね、何味にします?」
「僕はイチゴで!」
「私はブルーハワイにしますね」
かき氷も買って、有料の観客席をお金を払って陣取り花火が始まるのを待つ。
「…」
「おや」
観客席の近くに、ふと影がさした。
よく見れば、身体がぺたんこに潰れたカップルが一組。
「…去年の事故か」
「おや、なにかありました?」
「花火大会に行こうとしてたカップルが大型トラックに…」
「ああ、そういう事故ですか」
ちらっと彼方をみた後、辰巳さんは私に笑った。
「あのカップルより、僕に集中しましょう?デートですから」
「そうですね」
そして花火大会は始まった。
興味は微塵もなかったものの、実際見てみると圧巻。
夜空に咲く大輪の花は、とても美しい。
芸術に対する意識は低いが、感動する心くらいはまだあったらしい。
辰巳さんをちらっと見ると目があって、微笑まれてなんだか照れてしまった。
花火に視線を戻す。
ふと、あのぺったんこカップルがキスをしたのが見えた。
そして、消えた。
また花火に視線を戻す。
でも、ぽつりと言葉がついて出た。
「…成仏できたのかな」
「百合はやはりお人好しですね」
辰巳さんが私の手を握る。
ひんやりした手は気持ちいい。
「…いつか、悪い妖に取られてしまわないか心配になります」
「私を食べられるのは辰巳さんだけですよ。でも心配ならはやく食べてくださいね」
「ふふ、言われなくても」
…熱っぽい視線を送られる。
はやく食べたいと、目が訴えていた。
なら、食べちゃえばいいのに。
でもどうしてだろう。
もう少しだけ、辰巳さんとこのまま居たいなんて気持ちもあって。
「…辰巳さん」
「ん?」
「大好きですよ」
一世一代の告白は、花火の音でかき消えた。




