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心欠次元   作者: 巳原 夜
5/15

5 対峙


「さぁ、はじめますよ」


天狐が完全に獣化した隆に向き合う。

隆はなおも興奮が冷めず呻きながらこちらを睨んでいる。


「ぐるるるるるぅうゔゔ」


「さて、まずは大人しくしてもらいたいんですが、はいそうですかとはいきませんね」


じりじりと間合いを取りながら天狐はつぶやく。

こういった貫化され暴れている相手には通常、戦闘能力の高い闘原師が対応する。

天狐は癒祈師、律は調波師だ。

もちろん体力・能力が並以下の照が活躍できるとは思えない。



その時、校庭に有次元での訓練を終えた羽留人と学生たちが戻ってきた。

校庭で起こっていることを知らずに帰ってきた彼らは驚きと興奮に包まれる。


「おい、あれなんだよ!」

「え!今日は実践もあるの?らっきぃ」

「と、父さん!」


羽留人は状況を素早く把握し、学生たちに少し下がるよう手で合図し、また、これはまたとないチャンスだということを伝えた。


「お前ら、よく見てろよ、浄貫が始まる。そしてこの人たちは今浄貫師の中でもトップをはる人たちだ。」


「羽留人、助太刀頼めるか、俺はもう一回調律して被害者を保護せねばならん!5分離れる。」


律はさきほどのカフェに戻りゆかりの様子を見て、病院に運んでくるのだろう。

調律に長けている調波師は他より移動が速いためこのような救護活動も特徴の一つだ。


「分かりました。ここは俺と天狐さんに任せてください!」


その言葉を聞いた律は次の瞬間にはもう姿はなくなっていた。


「速い。」


受鈴は父親の調律を見てやはりすごいと息をもらすようにつぶやいた。


律を見送った羽留人は、天狐のもとへ歩いていく。

その間、睨みを利かせている隆を観察する。


「地上はあんなに遠くて対象見えてんのか?」


百合音が怪しげにつっこむ。羽留人は度の強い眼鏡をつけていてお世辞にも見えているだろうと言える人はいないくらいほんとに遠いところを見ている。


「大丈夫だよ。鷹人君がついてる。」


照がつぶやく。


「鷹人?あぁ、地上の弟か・・・」


「うん、鷹人君は地上先生の弟で守護神なんだ。彼は目がとてもいい」


守護神は、誰にでも見えるわけではない。しかし、照にはものごころがついたときから自然と見えていた。そんな話をしている間にも


「ゔぅ・・・がぁう・・・!」


しびれを切らした隆が羽留人に向かって走ってくる。


羽留人は高く飛び上がった。

照にはその背中に大きく広げた翼が見えた。

そして急下降してくる。

どんどんスピードが上がっていく。

地面にぶつかる寸前までスピードが落ちない。


「地上先生大丈夫かよっ!」


海斗が心配そうに一歩踏み出すように身を乗り出す。


「ちがみんすごぉおおおお」


歌火は羽留人のスピードに興奮が高まっているらしい。


「歌火様、もう少しおさがりください!」


山田は歌火が今にも飛び出していきそうなのをはらはらしながら見守っている。


隆と羽留人の距離はどんどん縮まっていく。

3、2、1・・・


どぉおおおおおおおおんんんん


衝突とともに地響きが鳴り渡り辺りは一寸先がみえないほどの砂煙である。


「うわっ!」


砂煙にまかれて学生たちは、自分の顔を腕で守る態勢をとる。

その中、最前線にいた天狐は静かに立っている。

彼の周りは砂煙など存在しないように、静かである。


「ぐっゔぁふ・・・」


「っと」


きれいに着地した羽留人は自分の前で倒れている隆を見て、もう立ち上がることはないと察すると


「天狐さん」


と天狐に向き直り、この後のことを託す。


「うん、分かった。」


天狐は、ゆっくり、一歩一歩隆に近づいていく。

隆の側まで来た時、天狐はしゃがみ、狼となった隆の心臓あたりに手を当てる。

天狐は目をつむり彼の中から流れてくる過去の行いを見つめる。

そして、その場にいる全員に聞こえるよう、語りだす。


「隆といいましたか、彼はDVの常習犯として彼女が警察に相談していたそうですね。暴力を振るわれ続け、彼女は心身共に疲弊していた。けど、我に返るとその後は別人のように優しくなり、愛する彼に戻る。ゆえに彼女も今日まで別れるに別れることができなかったのでしょう。彼の二面性に困惑しながらも愛する人と一緒にいたかった。」


「ひでぇ」


受鈴は天狐の説明を聞いて喉がつまるように苦しそうな声を出した。


「同情するだけじゃ解決しない」


百合音は受鈴の言葉をばっさりと切り捨てる。

天狐は横たわっている隆に静かに声をかける。


「あなたの中に、もう一人いるはずです。」


そう言葉をかけると、天狐の手元が光りだした。

そして、狼と人間がぼうっと現れた。



――――――――


「俺は、ただ・・・」


隆からはもう攻撃性は感じられない。

下を向いて唇を噛んでいたが、ふと自分の前にいる狼の存在に気づく。


「お前は・・・?」


「お前は俺だよ。そして俺もお前だ・・・」


「なにわけの分からないこと言ってんだ!てか、なんでしゃべってるんだ!」


狼が低い声で話始めた。そして人間の言葉を話せることに隆は驚く。


「この世界には、もう一人の自分がいると聞いたことがある。そいつを私は探していた・・・」



隆は本当にわけが分からないといった感じだ。


「私は、寂しかったのかもしれない。産んでくれた親も仲間ももういない。一人で彷徨い続けて・・・大切なものが何一つなかった。」


「・・・・・」


「ただ誰かに見つけて欲しかっただけ、誰かと寄り添って生きていきたかっただけなんだ。お前にはなかったのか?」


狼は隆をまっすぐ見つめ問うた。


「俺・・には。俺にも気づいたときには両親はいなかった。誰も俺なんかに振り向きもしなかった。でも、そんなときゆかりと出会った。ゆかりはそんな俺を、俺の悲しみごと受け入れてくれたんだ。愛してくれて・・・俺の世界の全てだった。」


「そうか、そんな存在がお前にはいたんだな」


「でもっ」


狼の言葉にかぶせるように隆が言う。


「でも、あいつには両親がいる。仲のいい友達がいる。それがなぜか許せないときがあったんだ。かっとなって殴って、気づいたらあざだらけのゆかりが泣いてるんだ。」


「私にもお前の寂しさや相に飢えている気持ちが分かる。でも、愛し方が違ったんだな」


狼はうらやましそうな、いやその愛おしく激しい感情にまぶしそうに目を細める。

隆は足の力が抜けたのか、膝から崩れ落ちた。

地面をえぐるように両手を握りしめる。その顔には大粒の涙がとめどなく流れ落ちている。


「ゆかりぃ・・・ゔゔ・・俺は、お前と話すべきだった・・・感情を拳に込めるんじゃなくて、目を見て話すべきだったんだな・・・」


「そうだな・・・」




「さて、話はついたかな」


天狐が一部始終を見届け、彼らの前に立つ。


「あなたたちに選択肢をあげましょう。」


狼が天狐の方を向いて、前足を揃えてすっと腰を下ろす。


「天狐といったな。選択肢とは?私は一回死んだはずだ」


無次元でのことを思い出し、痛みが蘇ってくる。


「俺は、ゆかりを殺してたかもしれない犯罪者だ。間違いなく地獄行だろうな」


隆はもう選択肢などないだろうというふうにあきらめて下を向く。


「もう一度チャンスを与えます。望むなら」


「「生き返る?」」


なんとも突飛な提案に彼はは聞き返す。


「守護神として・・・ですが」


「「守護神?」」


「あなたちは、それぞれ罪を犯しました。それは変わらない事実です。そして一回死にました。」


天狐は隆を狼に言い聞かせるように続ける。


「そして、心臓を共にしています。一人と一匹で一人前というところですね。あなた方の凶暴性はひっくり返せば、大きな勇気と大切なものを守る強い力になります。その寂しさは深い愛で優しく相手を包む原動力になります。」


自分たちの気づかぬ本質を諭され、一人と一匹ははっと天狐を見上げる。


「どうしますか。最後に決めるのは神ではありません。あなた方自身です。」


「俺は、もう一人は寂しいっ!許されるならば、誰かと共に生きたい!」


狼がほんとうの願いだと天狐に言う。


「もう誰かを傷つけるような最低野郎にはなりたくない。誰かを守れるような強い男になる!だからっ・・・!」


天狐は分かったというふうにうなずき


「結構。二人で一つ。これからは尊き命を大切に守りなさい。自分たちのためにも・・・



                さぁ、ここがあなた方の原点ですよ。」




――――――――



照はまばたきをせずにじっと様子を見つめていた。

貫化された者を浄貫することで救われるのは誰かと。

カフェで暴れていた隆に一瞬触れた時、照にも彼らの過去が思考が流れ込んできた。

狼の前に現れた仮面の男。ひどく恐ろしくけど懐かしい感じもした・・・
















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